吊り橋幽霊、喧嘩成仏！｜リアクション

吊り橋幽霊、喧嘩成仏！

　町の老人達から話を聞き終えた天野は、黒の法衣の懐に用意した護身用のお札をもう一度確認すると、橋以外の道から集落に足を踏み入れた。
　同じ方向からでは、見つけられないものがあるかもしれない。そう思った行動のおかげか、天野は駐在所だった建物を発見した。
　集落には山登りを楽しむ人がよく迷い込んでいたようで、元駐在所の前の看板には、山から町へ続く大雑把な周辺案内図があった。
　しかし、これでは肝心の牧田家の場所がわからない。
　天野は仕方なく埃とガラスが散乱している駐在所の中へと上がりこみ、廊下を慎重に進んだ。
　駐在所の奥は警官とその家族の生活スペースだったのだろう。こじんまりとした台所に、襖の壊れた押入れ。所々に取り忘れられた画鋲が赤く錆びている。
　置き忘れられた古い画用紙には、手書きの集落の地図があった。家に名前が書かれている。
　ここにいた駐在は、一生懸命、集落の住人の家と名前を覚えようとしていたに違いない。
　天野は、赤く丸をつけられた牧田の名前を確認すると、画用紙を手に外へ出た。
　とたん、サオラ姿のシダと間近で顔を合わせた。
「……シカ？」
「シカちがう　シダだってば！」
　天野の言葉にシダは言い返した。ついでに、自分が落神神社のお参りをすませた後、サオラ姿のままで集落を探索していた事、牧田の家がなかなか見つからない事、駐在所の前に地図が見えたから来てみた事を天野に話した。
「シダ　おばけ　蹴りに来た　けど　根本を消さないと　また出る　橋　渡って来るという事は　ここにいる　おばけの死体　もしかすると生霊　可能性ある　低いけど　おばけ　こわい　けど生きてる人間　もっと恐い　蹴らないと！　だから　おばけの家　捜してる」
　シダの言葉にしばらく考えた天野は、なるほどと頷いた。
「つまり君は、おばけ退治に来たけど、元を断たないとダメだと思い、幽霊がやって来る橋の向こう、つまりこの集落を探しに来たわけだ。それで死体か生霊か、とにかく牧田の本体を見つけたい。そのために牧田の家に行きたいが見つからない、という事だね？」
「ヴァン！　あってる！」
　２人は駐在所前の周辺案内図と、天野が駐在所の中で拾った集落メモをつき合わせて、牧田の家の場所を確認する。
　その背後からすぅっと細い腕が伸びてきて、周辺案内図の一角をぴたりと指した。
「牧田の…家、なら、ここ…」
　いつの間に忍び寄ったのか、美桜が先ほど寄った牧田の家の場所を教えてくれた。
「チョーイ　オーイ！！」
　驚いたシダがサオラ姿のままあたりを駆け回る。美桜は構わず、独り言のように話を続けた。
「でも、ここには…牧田…いない…」
「じゃあ、どこにいるの？」
　天野に聞かれて、美桜は駐在所の反対側の道を指差した。
　美桜と天野が歩き出したのに気づき、シダも後を追う。

　集落から離れた林の中、草の生い茂る場所で美桜が突然足を止めた。
「……ここ」
　美桜の言葉に天野が草をかき分けると、錆びた鉄パイプが見つかった。
　周りの地面を赤錆で汚し、雑草もそのまわりだけ避けるように生えていない。
「シダ　知ってる　残留思念　これが本体　壊そう」
　サオラ姿のシダが前足を持ち上げ、錆びた鉄パイプを踏み潰そうとした瞬間、

　――ボコリ。

　突然、土が盛り上がって鉄パイプごとシダの足を掴み、ぐんっと聳え立つ。
　慌てて牧田の手から逃げ出したシダの前には、鼻息荒く出現した幽霊・牧田が立っていた。
「でた」
　天野が思わず呟く。
　体を震わせ土埃を落とした牧田は、雄叫びを上げる。
「うぉおおおおおおっっっ！！　幸恵ぇえええ！　尚太ぁああああ！！！」
　右に左にと勢い良く振り回される鉄パイプを、天野、シダ、美桜はかろうじて避けた。
　いち早く体勢を立て直したシダが牧田に向かって突進する。
　しかし、シダの体は牧田をすり抜けてしまった。
　それを見た天野がペットボトルに汲んで来た寺の水を用意するが、その間に、牧田は叫びながら集落へ向かって走り出した。
　天野に水を掛けてもらい、シダが後を追う。
　残された天野と美桜も顔を見合わせて頷き、揃って吊り橋を目指した。