吊り橋幽霊、喧嘩成仏！｜リアクション

吊り橋幽霊、喧嘩成仏！

「あの噂を知っているか？」
　昼下がりの洋菓子店『Ｒａｔｏｎ』で休憩をとっていた芽守健作は、愛用のルーズリーフのメモ帳を眺めながら言った。
「また健作の仕入れて来た『噂』かい？」
　店主であり、芽守の寝子高時代の同級生である荒井景貴が苦笑する。
　黒川探偵事務所に勤める芽守が、出所の知れない噂を持ち込むのはいつもの事だ。
　芽守は、景貴に九夜山の吊り橋に夜毎現れる少年と父親の幽霊の話を神妙な様子で話して聞かせた。
「…そして、その少年のわき腹からは、血がじっとりと……」
　芽守の言葉を近くの席で聞いていた宮島メグが遮る。
「めもめもさん、怖い話はやめて下さいよー」
「すみません。でも、興味ないですか？」
　芽守の眼鏡がキラリと光る。
「それは、まあ…。でも、めもめもさん、猫探しのお仕事の途中でしょー？」
　メグに指摘されて芽守が言い淀む。
「一応、九夜山でサリーちゃん（猫）を見たという情報もありますから、これも仕事の内というか……」
「そんなに気になるなら調査すればいいじゃないか。僕も興味あるし、手伝うよ。人手があれば早く済むでしょう？」
　景貴の言葉に、芽守が思わず立ち上がった。
「助かるよ！　では、さっそく…」
「えー、かげちゃん行くなら、私もついてくー」
　メグは慌てて食べかけの苺のデザートをほお張り、紅茶で流し込んだ。
「それじゃあ、お店の事もあるし、健作は先に行っててもらえるかな？」
　芽守と景貴達は手分けして噂の幽霊の調査に乗り出す事となった。

　シーサイドタウンに戻った芽守は、さっそく商店街で聞き込みを開始した。
「すみません、最近噂になっている吊り橋の幽霊の事で…」
「なんだい、今日は猫捜しじゃないのかい？」
　店主達にからかわれながら芽守が集めた情報によると、牧田一家がいなくなったのは１６、７年前の事だった。
　牧田はどこからか流れて来たチンピラで、地元出身ではないようだ。彼の身内の話は出てこなかったが、妻の幸恵の旧姓は三浦といって、地元出身の地味な娘だったらしい。
　線が細く色白で、牧田に殴られた痕が痛々しかったという。配達した事があるという酒屋が、牧田家の場所を教えてくれた。幸恵の実家の場所も尋ねてみたが、シーサイドタウンの再開発で無くなったらしい。
　一家の行方に関しては、噂同様はっきりしないものばかりだった。

　曰く、牧田が母子を殺して逃げた。
　曰く、母親が牧田を殺して逃げた。
　曰く、牧田が母子を連れて逃げた。
　曰く、母親が子供を連れて逃げ、牧田がその後を追った。

どれもありそうな話だが、一番囁かれていたのは意外にも「牧田が子供を連れていなくなった」という話だった。
　母親が長い間、子供を捜していたという噂もある。
　芽守は携帯電話を取り出し、集めた情報を伝えるべく景貴の番号を押した。
「…景貴か？　もしかすると、母親は生きているかもしれないぞ」

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