いくら街に近いとはいえ、夜の九夜山を散歩コースに選ぶ物好きはそういない。
寝子高生の
神無月 ひふみはその物好きのひとりだった。
いつも遊んでいるシーサイドタウンには行く気になれず、月明かりに誘われ、気分を変えようと山に来た。 だが、特に面白いことがあるわけでもない。
仕方なく、街に帰ろうと歩いていると、少し先の吊り橋のたもとで、同じ高校の
鬼久保 美桜と小学生くらいの男の子が話しているのが見えた。
「何かあったの?」
ひふみに声を掛けられ、美桜が頷いた。
「…何か…あるかも…。…この子が、包丁で…橋のケーブルを切ろうとしているから……。やめてって言っても、聞いてくれないし…」
見ると少年は、錆びた包丁でひたすらケーブルを切りつけていた。
歩行者専用の古い吊り橋とはいえ、ケーブルは鉄製だ。
「あんたね、そんなんじゃいつまで経っても切れやしないわよ? 本気でやるなら……」
違う方向に説得しかけたひふみの言葉を、美桜が遮った。
「その子の…服……」
言葉につられてひふみが視線を落とすと、少年の黒いTシャツの左のわき腹のあたりからベージュ色のズボンにかけて、ぐっしょりと濡れていた。ぬるい風がひふみの鼻先に生臭い臭いを運んで来た。
「血? ちょっと、あんた、怪我してるの!?」
慌てて少年の肩に伸ばしたひふみの手は、彼をすり抜け空気を掴んだ。
ざわりと首の後ろが総毛立つ。
月明かりに照らされた少年は、半分透けていた。
少年はゆっくりと振り返り、うつろな瞳でひふみと美桜を見上げた。
「この橋は落とさないとダメなんだよ。橋があったら、アイツが渡ってきちゃうから」
少年が切ろうとしていたケーブルには、切り傷のかわりに、包丁の赤黒い錆が伝染したように広がっている。
ひふみは、思い出した。
吊り橋の先には小さな集落の廃墟があり、そこは秘密の冒険スポットとして地元の子供達に人気の場所だ。もし、子供達が橋を渡っている時にケーブルが切れたらと思うとぞっとする。地上5メートルとはいえ、下は石だらけの河川敷だ。
なんとか止めようとして、ひふみは少年に話し掛けた。
「ねえ、橋を渡ってきちゃうアイツって、誰のこと?」
「……父ちゃん。アイツ、母ちゃんをいつも殴るんだ。もう死んだはずなのに、まだ殴るんだ。オレが母ちゃんを守らないと。アイツを止めないと、止めなくちゃ……」
少年の呟きに、美桜は自分の母親の写真が入ったロケットをぎゅっと握り締めた。
少年が再び包丁でケーブルを切ろうとしたその時、
「アイツが来た!」
少年は叫び、ひふみと美桜の体を通り抜け、一目散に山の方に走って行った。
その後を追うようにして、橋の向こうから体格のいい中年の男が棒を手に走って来る。
「おいこら、尚太! どこ行きやがったクソガキが!!」
あたりかまわず吼える男は、やはり月明かりに薄く透けていて、異様な眼光からもこの世ならざる者だとひと目でわかった。
喚き散らしながら少年の後を追おうとする男に向かって、ひふみの正義感がとっさに見事な正拳突きを繰り出すが、拳は男をすり抜けた。
「あぁ? 何しやがんだ、このクソアマ! てめぇも幸恵の仲間か?」
ひふみの存在を認識した男はニヤニヤと嫌な笑いを浮かべ、持っていた鉄パイプをひふみに向かって思い切り振り下ろす。
とっさに避けたものの、間合いに深く入り込んでいたひふみの肩を鉄パイプが掠めた。
「……っ!」
ジンっと鈍い痺れと痛みが走った。本物の鉄パイプの攻撃とはまた違う奇妙な痛み。
「なんで、あんたの攻撃だけ効くのよ!」
「そいつぁ、よかった!」
ひふみの抗議に応え、男は再び鉄パイプを振り上げた。
「……だめっ!」
ひふみの危機に、それまで成り行きを見守っていた美桜が、持っていた鞄を男に向かって投げつけた。
「ぐっ!?」
鞄が男に当たった。
「当たった! なんで?」
ひふみが思わず呟く。自分の拳はすり抜けたというのに。
男は予期せぬ反撃に動揺して、すぅっと闇に消えてしまった。
「……今の男は、何だったの!?」
呆然とするひふみに、鞄を拾いながら美桜が答える。
「幽霊…に、見えたけど…」
「まさか!」
否定するひふみに、美桜が静かに問う。
「じゃあ、…何に、見えたの?」
「それは、……確認するわ」
ひふみは携帯を取り出して、馴染みの番号を押した。
「私だけど、ちょっと調べてくれる?」
ひふみが独自ルートで調べた結果、あの父親は十数年前行方不明になった牧田というチンピラではないかという事だった。
牧田は、吊り橋の向こうの小さな集落に、妻と子供の3人で住んでいたという。
アル中で博打好き、普段は強い者にまるで逆らえないが、酒が入ると誰彼構わず暴力沙汰を起こす。特に嫁と子供への暴力では何度も警察の世話になったという話だ。
あとは、妻と子供を殺して島を出ただの、組に追われて妻子を連れて逃げただのという不確かな噂しか情報は得られなかった。
「アイツ、ほんとに幽霊なのかも…」
呟くひふみを美桜がじっと見つめ返した。
「だと…思う…」
「そういえば、どうして、あんたの鞄の攻撃だけ効いたのよ?」
ひふみは美桜の鞄を借りて注意深く調べたが、特に変わった点は見られなかった。
「さあ…、よくわからな……あ、あれ…かな…?」
美桜の話では、寝子島神社へお参りに行った時に、手水をうっかり鞄に零してしまったのだという。
「まだ…湿っているし…これ、だと思う…」
触ってみれば、確かに鞄はまだしっとりと濡れている。
神社の水を利用すればあの中年男が倒せるかもしれない。
あの男がいなくなれば、少年は橋を切るのをやめるだろう。
そうは思ったが、さすがのひふみも幽霊を相手にするのは躊躇うものがある。しかも、暴力団の下っ端で、破門された男だ。
(例え幽霊だったとしても、私が『組』関係に関わるのはちょっと……でも、私だからこそ落とし前がつけられるとも考えられるし……)
正義感と難しい立場の葛藤にひふみが悩んでいる横で、美桜は少年の走り去った方向を見つめていた。
「…あの子、無事に…お母さんのところに…帰れた、のかな…」
翌日から、吊り橋幽霊の話は人づてにゆっくりと広まっていった。
ご登場いただきました、神無月 ひふみ様、鬼久保 美桜様に感謝です。
前回とは、ガラリと雰囲気のかわったお話をお届けします。
拳で解決出来るかもしれないアクションホラーです。
親父幽霊こと牧田は死んでも改心しなかった立派な悪人ですので思いっきりどうぞ。
なお、牧田が所属していた暴力団「早田組」は現在解散しています。
十人足らずの小さな組だったようです。
牧田は悪霊化している為、並みの人間以上の強さを手に入れています。
牧田の攻撃は幽体(精神)への攻撃なので、見た目には変化ありませんが痛いです。
攻撃されると、血が出ない分、痺れとなって動きが制限されます。
牧田が攻撃された場合は、ダメージが外観に出ます。
このガイドの幽霊には、神社の水で濡れている物での攻撃・接触のみ可能です。
教会の聖水は効くけど、神社よりやや弱い感じ。
どこの神社・仏閣・教会の水(清められたもの)でも効果あり。家の仏壇不可。
乾くと効果がなくなります。
ろっこん単体での物理攻撃は不可。
ろっこん使ったナニカが、神社の手水で濡れていたら攻撃可。
霊力系ろっこんでの攻撃はやや効果あり。ただし、保障するものではない。
(例)
×:金縛りのろっこんで、男の動きをとめるよ!
○:ろっこんで鉄の拳となった腕に手水をかけて攻撃するよ!
△:ろっこんで除霊するよ!
ちなみに、吊り橋は幅1.5メートル、長さ30メートルです。
場所はシーサイドタウンから少し九夜山に入ったところになります。
地図でいうとG6ですが、地図に載っている道よりもっと駅側で、
地元の人間しか使わない近道になっているところです。
集落(廃墟)は、猫又川を挟んで落神神社側にあります。
ではでは、皆さまのご参加、心よりお待ちしております。