shine a light｜リアクション

shine a light

　雨か。
　参ったな、と呉井陽太は玄関から部屋に戻るとビニール傘を手に取った。
　長く使っているせいで、グリップのところがガサガサになっている傘だ。それでもなんだか、愛着がわいてきた妙な傘だ。
　小雨模様だ。
　オレがお見舞いに行こうとすると、雨が降るのかな。
　ホワイトノイズのような雨音のなか、傘をさし、歩きながら考えた。
　たしかこの前もそうだった。
　この前、香川博士の見舞いに行ったときも。
　そうだ。あのときも途上で会ったのだ。ナターシャと。
　昨日さんざんに探した相手だった
　結局、会えずじまいに終わった相手だった。
　それこそ足が棒になるくらいシーサイドタウンを歩き回ったというのに、陽太ははついにナターシャに会うことはかなわなかった。
　それでも、まだ今日という日が残っている。いわゆる『もうワンチャンある』というやつだ。この道のりで会える可能性は捨てないでおきたい。
　雨に傘、見舞い、ときて、彼女との邂逅まで再現を期待するのは、いささか都合がよすぎるかもしれないけれど――。
　思考は途切れる。陽太は立ち尽くした。
「あ……」
　とっさすぎて言葉が出てこない。
　シーサイドタウンへ向かう道のり、白い自動販売機の蔭。
　その場所に、ナターシャ・カンディンスキーが立っていたのだ。ヒナギクの花のように、照れくさげにうつむき加減で。
　あいかわらず彼女は、肩が濡れてしまいそうなほど小さな傘をさしていた。
「ようやく、お目にかかれました」
　ショート丈のニットワンピース、いまの空みたいなグレーのカラリングは、落ち着いた大人の女性という印象を与えた。大きな金具のついたベルトにお洒落心が感じられる。ストッキングにつつんだ脚は二度見したくなるほど長い。もちろん彼女は身長も高いのだった。陽太だってそれなりに背丈はあるのだが、それでも15センチは上だろう。柔和な、はにかんだような笑みを見せている。
　驚かせないよう、言葉を選びつつ陽太は言った。
「……もしかしてオレを、探していたっていうんですか」
「ええ。昨日も探しました」
　オレもなんです、と陽太は返す。
「シーサイドタウンならナターシャさんに会えるかも、って」
「私が探していたのは前回、陽太さんにお会いしたあたりを、ずっと」
　明かしあってみると、なんとも単純な話だったようだ。
「どうやらオレたち、すれ違いだった、ってわけですねー」
　陽太は顔がほころぶのを覚えた。自分の一人相撲ではなかったと知って安堵している。似たもの同士なのかもしれない。
「実は」
「私……」
　同時に話そうとして陽太とナターシャの言葉が重なった。
「あ、お先にどうぞ」
「陽太さんこそ」
「いえいえここは」
　不毛な譲り合いになりそうなので、陽太は意を決して言葉を継いだ。
「では言います。実は、これから友人たちとお見舞いに行こうと思っているんですよ。香川博士の。よかったらナターシャさんも一緒に行きませんか？」
「私の、言おうとしていたこともほとんど同じです」
　ナターシャは自分の爪先を見るような視線のままで言った。
「私にはどうしてもドクター……香川博士に一人で会う勇気が出ません。陽太さんに同行してもらいたくて……」
　それなら渡りに船というやつですねぃ、と陽太は口元をほころばせる。
「ご一緒しましょう。ご心配なく、同行する友達も、すべて関係者ですよぅ」
　ここまで陽太はずっと笑顔だったのだが、
「その前に」
　こう告げて眼鏡の位置を直したとき、その表情には翳（かげ）りがあった。
「少しだけ情報を伝えさせて下さい。聞いた話ですが、博士の容態は――」