shine a light｜リアクション

shine a light

　追いつけないものを目指している。
　そんな思いが優木遥斗にはあった。
　まだ立てない赤ん坊が、ベッドメリーに手を伸ばしているかのように。
　アスナロの木が、ヒノキと背比べしているかのように。
　それでもいつかは、と思っている。
　思っているから、努力している。
　遥斗は最近髪を切った。丸刈りといってもいいほどの短髪だ。
　暑いから、というのは否定しない。しかし本当は、色々と集中するためだった。勉強や部活など、あらゆることに対して。もっといえば生きることに対して。
　今の自分では泰葉さんに追いつけない――。
　それでもいつかは、と思っているのだ。
　だから努力しているのだ。欠かさず。

　時刻は、深夜一時を回ったところ。
　脇を締め呼吸を一定に保ち、落ち着いたペースで遥斗は走っていた。
　高校生が出歩いていていい時間ではない。それは理解している。
　それでもこのところ無性に胸騒ぎがしており、やむにやまれず遥斗は前倒しの『早起き』をして毎夜、泰葉が店を出て帰宅するルートを点検するようにしていた。
　もちろん泰葉自身には知らせていない。ストーカー行為と受け取られたくないからだ。仮に誤解されなくても、彼女はこの行動を喜ばないだろう。余計な心配をかけてしまうことにもなりかねない。
　寝て起きて日課の早朝ランニングをしている――説明としてはいささか弱いかもしれないが、すべて嘘ではないのだから恥じる必要はないはずだ。一通り巡ったら帰宅して短い睡眠をもう一度取る。夏のことゆえむしろ深夜のほうが走りやすく、体がこのサイクルに慣れるまでほとんど時間はかからなかった。
　とはいえ深夜の警官の気配には注意をしていた。説明を求められれば少々ややこしいことになるだろう。
　泰葉さんには、なにかあった時は携帯で呼んでほしいとは伝えてある――。
　だから心配することはない、という心の声もするが、だからといって遥斗はこの習慣を改める気はなかった。携帯を使えない状況もあるだろう。携帯で呼ばれてからでは間に合わない可能性もあるだろう。
　だから続ける。せめて胸騒ぎが鎮まるまでは。
　それが自分にできる精一杯だと遥斗は思っている。
　予感が的中したのは、むしろ不幸と考えるべきだろう。
「トボけんな！　俺には行きたい場所に行けるケンリがあるって言いてえんだよ！」
　キャットロードにこだまする声を、遥斗はいちはやく聞きつけていた。少し向こうだ。急がねば。
「キャバ嬢程度が俺のケンリ無視していいと思ってんのか！」
　ペースを上げる。息が詰まりそうになる。まだ泰葉とは限らないが、誰か女性が危機的状況に陥っていることは間違いない。
「舐めたマネしやがって。今からたっぷり学習（ガクシュー）してもらうからな」
　冷えた通りに遥斗は立ち尽くしている。
　声の出所をつかんだと思ったが、その近辺は無人だった。移動したに違いない。
　どこだ――肩で息をしながら細い路地を見回す。
　街灯が点滅している。ゆっくりとウインクを繰り返しているかのように。
　緊張と焦りで、遥斗は心臓が口から飛びだすのではないかと思った。
　耳を澄ませる。あの声の主を探すのだ。
　足音だけでいい。最低でも数人はいるはずだ。それを聞きつけたい。
　……。
　特定できた。疾風のように飛び出す。　

　そうして、遥斗はその光景に出くわした。