クリーピーレイン～恐怖の化身と暗躍の悪魔～｜リアクション

クリーピーレイン～恐怖の化身と暗躍の悪魔～

●三夜湖の戦い（３）

　黒い硝子のような湖面には、既に、幾らともなく亀裂が走っている。
　生まれ出でる黒い手も、次々と倒され、湿った風の中に散っていった。
「よし、そろそろだな」
　最後の力を振り絞ったようにひょろりととび出た黒い手を薙刀で払い落として、八神修が声を明るくする。
　サキリ・デイジーカッターの油断のない眼差しが、真っ直ぐにブブ・ベルゼを射抜いた。
「さて。ベルゼ、次は誰の番だと思う？」
「……貴方達の番ですよ。勿論ね」
　悪魔の瞳に炎のような光が瞬き、途端、あの黒く輝く嵐が辺りに広がる。
「っ、させないよぅ！」
　迫る嵐の轟音に負けぬよう声を張り上げて、呉井陽太は粘土細工を高く高く放り投げた。
　コントロールはバッチリで、粘土細工は嵐の『目』の中にびゅんととび込む。
　ウー君がベルゼに食らわせるのは、後ろ足での踏みつけ。
　ドリー氏はベルゼの身体に飛びつき、嘴で、悪魔の身体を何度も突いた。
「っ……！」
　嵐が、ゆらりと揺れる。
　ベルゼへの攻撃に鍵があると見て取って、
「援護する！」
　と、修は、付近に転がる岩をろっこんで分解し、嵐の真上まで浮かせて能力を解除した。
　一つ一つは小さな石ころのようなものだが、落下するそれの数は多い。それに、
「人の力は弱くても、自由落下の加速度が生む破壊力は強力だろう！？」
　との修の言葉が真であることの証明のように、嵐の勢いは、俄かに弱まった。
「世界が切り分けられているからな。遠慮はなしだ」
「ぐ……！」
　陽太と修の猛攻を受けながらも、代わる新たな嵐を生み出さんと瞳を光らせるベルゼ。瞬間、
「させない！」
　犬杜初の声が、辺りに響いた。
　悪魔へと鋭く迫るは、初が見目を苺に変じさせ放ったヘアピン。
　ベルゼがそれに気を取られた一瞬に、
「隙だらけですわよ！」
　と、柳内みことは、手の平を広げ、その手を上から下に振り降ろした。
　みことのろっこんで、彼女の視界に入る空間の重力が増加する。
　ぐん！　とかかった負荷に、生まれかけた嵐は無に帰り、
「絶好の機会ってやつだね」
　と、サキリはナイフを己の身に寄せて構え、瞬間移動で、ベルゼの背後に音もなく迫った。
（――睦の話を聞いて、ピンと来た）
　再び、かの悪魔と邂逅し、そして今度は戦う時が来たのだと。
「悪いけど、倒させてもらうよ。お三夜さまと一閃さんを、助ける」
　みことのろっこんの力が切れる。
　ベルゼが身を捻るよりも先に、サキリは、ナイフを深々とベルゼの腹へと突き刺した。
　ずぶりとナイフを引き抜けば、ベルゼの口の端から、赤が滴る。
「貴、様……ッ……！」
　サキリの方を振り向いたベルゼが、呻くように言ったその刹那。

「よっし！　大チャンス！」
　トンファーを手に駆け出したのは、桜庭円だ。
　死角から迫り、狙うは、気配に気付いて振り返ったベルゼの急所。
（喉仏、人中、鳩尾、股間、それから、っと……）
　冷静かつ素早く、トンファーでの５連突きを決める。
「ぐ、あ……！」
　ぐらり、と悪魔の身体が傾いだ。
「お、効いてる効いてる」
　しかし、目に見えてダメージはあれど、ベルゼが動きを止めたのは瞬きの間のこと。
　確かにその身に刃を沈ませ、急所を押さえられたにもかかわらず。
　ベルゼは瞬時に体勢を立て直し、その拳に闇色のオーラを纏わせて――、

「させませんわ！　皆さん、避けてください！」
　みことの声が、辺りの空気をぴしりと震わせる。
　そうしてみことは、睦から譲り受けたオイルライターに火を付け、ベルゼに向かって投げ付けた。
　炎が、悪魔の衣装を端から、勢い良く燃え上がらせる――。
「っ、貴様！　貴様、貴様……！」
「……効果があって何よりですわ」
　――人間の埒外の相手ほど、銃などよりも、『火』という原初に近しい物の方が効果的でありましょう。
　凪いだ声で言うみことを鬼気迫る表情で睨みつけて、けれど悪魔は羽ばたき一つ、空へと舞い上がった。
「逃走する気か……！」
　呟く陽太の声が鋭くなる。
　その時、サキリの目が、ギラリと鈍い光を帯びた。