クリーピーレイン～恐怖の化身と暗躍の悪魔～｜リアクション

クリーピーレイン～恐怖の化身と暗躍の悪魔～

●マリオネットは踊らない

（――……ここは？）
　覚醒。
　途端、志波武道は、何とも形容し難いおぞましさを感じた。
（嫌だ、とにかく嫌な感じがする……！）
　その感覚が蛇のように身体中を這い回って、武道を芯から震えさせる。
　そんな武道の耳に、追い打ちのように、泣き声が、叫び声が聞こえた。
　反射的に動かそうとした身体が、ぎし、と軋む。
　この異変が呼んだ錯覚かと考えたのは、一瞬のこと。
　次の瞬間には、武道は、己が置かれた状況を理解している。
　黒い糸のようなものが身体に絡み付き、マリオネットのように、武道の身体を動かしていた。
　武道の意思とは、関係なしに。
　武道の心を置き去りに、その身体は前へと進む。
　その先に――恐怖に立ち竦む、幼子の姿があった。
「ひっ……！」
　小さな男の子の喉から、引き攣ったような声が漏れる。
（やめろ、やめろ、やめっ……）
　――トスッ。
　武道の手刀が泣きそうなほど綺麗に決まって、男の子は目を見開いたまま横ざまに倒れた。
　あちこちから上がっている悲鳴が、爆発するみたいに大きくなる。
　狂ったように誰かの名前を繰り返し叫んでいるのは、男の子の母親だろうか。
　その声が、頭の中に、五月蠅いほどに反響した。
（俺が、この状況を……操られ、利用され……）
　意識が、ぷかりと、暗い水底に沈んでいきそうになる。
　そうすれば、楽になれるだろう。
　己を操る黒い糸の導きに全てを任せれば、と、甘美な誘惑が武道を飲み込もうとした。
　沈む、沈む、沈む……。
　底に広がる暗闇に呑まれるその直前、武道は、胸の内に頭を振った。
（いや、だめだ……折れるな、考えろ……）
　気持ちを強く持ち続けろ、と己に言い聞かせる。だって、
（これは、夢だ……！　現実なら……フツウを壊す俺に立ち向かう、皆の姿があるはずだ！）
　逃げろ！　と、身体中の力を振り絞るようにして、武道は叫んだ。
　それでも逃げ遅れた人々に自身の身体が狙いを付けるのを、糸を無理矢理に引っ張って、強引に距離を取る。
　糸の支配を脱そうと足掻く間も、目前の悲惨な光景は変わらない。
（心が抉られる……。かなり精神にくる状況だけど、乗り越えなければ）
　瞼を閉じ、先ほどまで並んで歩いていたはずの友を想う。
　フツウを守るために、日々それぞれに力を尽くしている皆のことを想う。
　そうして、武道は再び目を開き、『現実』と向き合うのだ。
（きっと皆もこの事態と戦っている。なら、負けられないな！）
　引き千切ろうと力を込めれば、身体中に、糸はみしりと食い込んだ。
　肉が裂ける。
　ままならない身体は、それでも『痛み』を、武道へと鋭く訴えた。
（身体がバラバラになりそうだ……いや、構うもんか。操られるよりうんとましだ！）