クリーピーレイン～恐怖の化身と暗躍の悪魔～｜リアクション

クリーピーレイン～恐怖の化身と暗躍の悪魔～

●三夜湖の戦い（２）

　悪魔の瞳が光った次の刹那には、呉井陽太は指で突いた粘土細工を次々に宙に投げていた。
　ニャッタ君、パド君、最後にカスミさん。
　彼らはそれぞれに付近の木の枝に引っ掛かり、高所からじぃと湖面を見つめる。
　ブブ・ベルゼが声を上げて笑った。
「見事なノーコンですね、眼鏡のお兄さん！」
　最後の“さん”を言い終える前に、ベルゼは、ぱちりと指を鳴らす。
　途端、陽太が叫んだ。
「円ちゃん、右に避けて！」
「はいはーい！」
　名前を呼ばれた桜庭円が、身軽に跳び退く。
　着地と同時に、湖面の先ほどまで円がいた場所から、
　――ぶわっ！
　と、黒い手が何かを掴もうともがくように、何本も伸びた。
「うわあ、悪趣味！」
　円の、場違いなほどあっけらかんとした声が辺りに響く。
　粘土細工達と視覚を共有することで、陽太は、黒い手の発現する位置を見抜いたのだ。
　それに気付いたベルゼが、僅かに眉を顰める。
「……前言撤回、ですね。中々の策士がいるようだ」
「おや？　笑顔の仮面が剥がれているよ、ベルゼ」
　言いながら、サキリ・デイジーカッターは素早くベルゼに向けてナイフを投擲する。
　技を発動した直後の隙を狙っての攻撃は、しかし、
　――ゴウッ！
　ベルゼを中心に発生した、黒く煌めく嵐に弾き飛ばされた。
「……ふう。貴方も、相変わらずの戦闘センスですね。肝が冷えましたよ」
　嵐が薄れゆく中で、ベルゼが言う。
「前に言っただろう？　敵として現れたら容赦無く切り刻む、ってね」
「でしたらこちらも、『容赦なしに』行きましょうか」
　サキリの言葉にベルゼが応じた、その声に被せてるようにして、
「っ！　みことちゃん、初ちゃん、左からだ！」
　と、陽太が再び声を張った。
「了解ですわ！」
　犬杜初を抱くようにして、柳内みことは右側へと跳ぶ。
　黒い湖面に２人で転がれば、黒い手のほんの指先が、悔し紛れのようにみことの足を引っ掻いた。
「みこと！」
「っ、これくらい何でもありませんわ。それより犬杜さん、あの手を苺に変えることはできますか？」
「ちょ、ちょっと待ってて……あぁ、駄目。あれ、『物質』じゃないんだ……」
　ごめんなさい、と泣きそうな顔で初が言うのに、みことは気丈に笑みを向けてみせた。
「そんな顔をなさらないでください。打開策は、幾らでもあるはずですもの」
「ああ、その通りだ！」
　力強い返事に続くは、ぶおん！　と空気が唸る音。
　八神修が、包丁やモップなどを組み合わせて作った薙刀で、みことを傷付けた手達を薙ぎ払ったのだ。
　湖面から切り離された手が、じゅわりと溶けて霧散する。
「……手が消えた分、少し、湖面の黒が薄らいだか？」
　冷静な観察眼で、修はすぐに、手の数を減らすことの意義を見出した。
「地道な戦いだな。だが、不毛であるよりは百倍マシだ」
「だね！　それに、この、黒い硝子みたいなのから手が出てるんなら……」
　修の言葉に頷いて、円は、「えいっ！」とトンファーを湖面に叩き付ける。
　甲高い悲鳴を思わせる嫌な音がして、そこに、小さく、細かく、亀裂が生まれた。
　その部分の黒が、褪せている。
「やった！　ビンゴ！　……亀裂の大きさ的に、手を倒すのと比べると効率的じゃないかもだけど、」
「これなら、先んじて、『手が伸びる場所』を減らしていけるわけだ」
　円の言葉を、サキリが継ぐ。
　ベルゼを見据えて、修は、不敵な笑みを浮かべた。