生き残るのは誰だ！　アンチ納涼がまん大会！｜リアクション

生き残るのは誰だ！　アンチ納涼がまん大会！

「君も理事長に無理やり……？　はぁ……」
「うん……君も？　頭のてっぺんがまだヒリヒリしてるよ……」
　花厳望春と千鳥雅人は顔を見合わせてため息をついていた。どちらも優しげで、言ってしまえば少々気の弱そうな男子生徒である。思ったより参加者が集まらない、どころか寝子高生以外の参加者がいないことに業を煮やした理事長、桜栄あずさの手によって、二人はなんと当日ぎりぎりになって会場に連れて来られたのだ。よって二人とも、決して涼しいとはいえない夏服にどてら姿になっている。
「正直、気は乗らないんだけど……勝負なんだから負けたくないよなぁ」
参加するからにはと、望春は男らしい気概を見せる。実は雅人も、イベントががまん大会であると知るや、『がまん強い男＝男らしい男』との連想にやる気を燃え上がらせて、最終的には自ら参加を決めたのだった。つかみやすかったのか、あずさがぎゅっとつかんだアホ毛の根元が熱にあぶられじんじんとしている。

（俺、立派な男になるよ！）
　それでも、がまんという言葉に魅せられて雅人は意気込む。しかし、その意気と無関係に、熱気はじわじわと雅人の体力を蝕んでいった。湿気と疲れで、見事なアホ毛もくたりとしている。流れる汗が視界の邪魔をするのを懸命にどてらでぬぐいながら、雅人はうつむいて座布団をむしっていた。
「極楽部屋は見ちゃだめだ。あんなの見てたらくじけそうになっちゃうよ」
無意識のうちにむしっていた座布団がほころびて、綿が出てきてしまった。しまった、と言う顔をしたものの、雅人はそこから綿をちょっとだけ引っ張り出してくるくると丸め、即席の耳栓を作る。
「よ、よし！　これで悪魔のささやきは聞こえなくなるね！」
聞こえるのはがさがさという綿がこすれあう音だけになった。これで雅人の心を乱すものは、とりあえずはなくなった、と言える。
「次はこれだよねえ」
雅人は神妙な面持ちで鍋焼きうどんをのぞき込んだ。食べなくてよいなら食べずに済ませたいのだが、雰囲気的にそれは許されなさそうだ。一本だけ箸でつかみ、口に運ぶ。熱さでもちもち、ねっとりした食感が倍増したうどんが喉を通り……そうで通らない。お茶で飲み下そうとするが、このお茶もまた熱い。食べるしかないこの道を戻ることはできない。一口、また一口とこらえながらうどんを飲み込んでいるうちに、雅人の目は焦点が合わなくなって来ていた。

「大丈夫かな、千鳥君……って、俺もやばいかもしれない」
目に見えて調子の下がってきている千鳥雅人を見て、花厳望春も不安になってきた。
（もともと勝てる気はしなかったけど……）
元気のなくなっていく者を見ていると、こちらもくじけそうになる。うつむいていれば、汗が流れて目に入りかけ、髪が張り付いてとても不快だ。しかし、顔を上げれば極楽部屋の涼しげな面々が目に入る。まったく憎らしいセッティングだ。視線の置き場に惑う望春と、三ヶ島葵の目が合った。とたん葵はにたりと笑う。これ見よがしにソファにのんびりと身を預け、贅沢そうなデザートをスプーンで目いっぱいすくって口に運んでみせた。『あーおいしいなー』と言っている。マイクがなくても、口の動きでよくわかった。さらに悪いことに、『気を利かせて』高梨煉がにこにこと葵のそばに歩み寄り、マイクを預ける。この状況で何をすべきか、誰よりもよく知っている葵から、地獄部屋へと明るく、底なしに残酷な声が投げかけられた。
「みんなー！　がんばってだよー！　寝たら死ぬんだよー！」
高く響く声に、目を閉じ耐えていた参加者勢の中には、びくりとして目を開ける者が出た。
「アイスもドリンクもとってもおいしくてー、分けてあげられないのが残念なんだよー！」
葵は目を細め、顔を少し地獄部屋から背けて、分かち合えないのが心から辛い、というポーズをしてみせる。それから溜めを作ったかと思うと、ばっと顔を上げ、マイクを歌うように構えて最後の一撃を放った。
「でも大丈夫だよー！　この大会、この苦難を乗り越えて、得られるものはきっとあるはずなんだよー！　だからがんばるんだよー！」
ああ、無責任。苦難を知らぬものからの『励まし』は望春のみならずすべての参加者たちを容赦なくむち打つのだった。