犬だっているんです！｜リアクション

犬だっているんです！

「この子が犬を探している子だろうか？」
　女子だらけの集団に、八神修が歩み寄る。犬が逃げ込んだという話は小耳に挟んでいた。さらに後木真央の校内放送である。動物については人並みならぬ思いのある修は、綾音たちを探してやってきたのだ。立ち止まった綾音の前にしゃがんで目線を合わせ、
「どんな犬かな？」
と改めて少女に尋ねる。『ねこったー』にすでに書き込みがあることも知っていたが、本人からの情報が、いちばん大切と考えたからだ。
「いえやすっていうの。柴犬で、まだちっちゃい」
綾音は最初のころのようにべそをかいたりはしていない。はっきりと修に答える。
「情報提供のお願いを書き込んでおきました」
と修に知らせた。修は少し考え込んでから、再び尋ねる。
「どうしていなくなったか、わかるかい？」
綾音にとっては鋭い、そして痛い質問だ。綾音は靴をかじったのを叱ったせいかもしれないと答えた。ふうむ、とまた考えるしぐさをするが、すぐに難しい顔を解き、立ち上がって綾音と、共にいる桜庭円や折口ゆづき、それに恵御納夏朝に言う。
「動物は嫌いじゃない。犬はこのままにはしておけないし……ま、まあ、暇つぶしにいいだろう。俺も行こう」
口調が何か言い訳がましいのは、本当は動物好きで、困った者を放っておけないという気持ちを知られたくがないための不器用さゆえだった。いえやすを探して歩き始める修の耳に、何か聞き覚えのある女子生徒の声がする。
「……維都月!?」

「うんっ、私自身の意見は十分に伝えたかな。それじゃ、犬さんを探しに行ってきます！」
　がたりと維都月茉菜が席を立つ。そのまま笑顔で、止める間もなく会議場を退出してしまった。犬猫会議場の面々は、あっけに取られた顔でそれを見送ることになる。
　茉菜は上機嫌だった。以前よりもはるかに元気になった体はとても軽い。おせじにも丈夫とはいえないが、茉菜にとっては十分だった。軽やかに早足に進み、ねこったーの書き込みを手がかりに子犬を探す。
「いえみつー！　いえはるー！　出ておいでーっ！」
情報確認したのにもかかわらず、若干名前が間違っているのはどうしたことだろうか。
「いえ……なんだっけー？　あっ！　八神くん」
女生徒と少女に取り巻かれるようにして歩いてくる修の姿は、見慣れないもので少し愉快に感じる。茉菜は思わずくすりと笑みを漏らした。そのまま彼女も捜索隊の輪に加わる。
「会議はいいのか？」
「うんっ。私の意見はもう伝えたし、会議での役割は果たしたよ」
茉菜の視線は修の手元に注がれる。綾音も不思議そうな顔をしてみるその先には、おいしそうなメンチカツサンドがあった。
「お兄ちゃん。これどうするの？」
「ああ。いえやすにどうかと思ってね」
なるほど、においでおびき寄せる作戦だ。いえやすはずっと逃げ通しで、お腹を空かせているかもしれない。
「なに、うちの料理人が作ったものだ。カラシや刺激物は入っていないから、犬でも平気だ」