犬だっているんです！｜リアクション

犬だっているんです！

　かくして後木真央が先導して、大森綾音とそれに付き添う面々は放送室にやって来た。部外者立ち入り禁止の貼紙もなんのその、真央はマイクのスイッチを入れ、全校放送で放課後の迷子案内を開始する。
『あーあー！　てす！　一年九組後木真央なのだ！　今、校内で柴犬のいえやすちゃんが迷い犬になっているのだ。まだ小さくて体高35cmほど、おとなしい性格だそうなのだ！　びっくりさせないようにしてあげてほしいのだ、見つけた人は保護して、ねこったーに情報をUPしてほしいのだ！　確認でき次第、飼い主の綾音ちゃんとすぐ迎えにいくのだ！』
響き渡る放送は、きっと校内にいるすべての者が聞いただろう。

「家族のように大事にしてんだろうな。気になるから行ってみるか」
　桜井ラッセルもことの始まり、犬猫騒動は目にしていた。いちばんは鳥だろう、と思ったものの、議論になれば押し負けそうだ。それよりもはぐれた犬のことが気になっていた。ちょうどいいところに、全校放送で迷い犬の情報が伝えられる。
「むやみに歩いて探すよりも……んっ」
見れば近くには御巫時子がいた。放送を聞いて気になっているのだろう。ろっこんの力で鳥と語らうことができる時子は鳥をこよなく愛す、いわばラッセルの同志だ。彼女がいれば犬猫会議で鳥派も一定の地位を得られたかもしれない……が、時子もラッセルと同じく、いえやす探しに力を注ぎたいようだった。気づいた時子は小さく頭を下げる。彼女はラッセルのろっこんについて知っているのだ。
「俺、空から行ってみるよ。見かけたらヨロシク」
時子に念を押し、胸に下げた金のオルゴールの鍵をぐっと握る。硬質の鍵の感触が手から失われ、指先はぴんと伸びた黄の翼に変じた。一瞬の後に『黄色いピヨコ』の能力でラッセルは小さなカナリアになり、空高く舞い上がった。時子のようにはっきりとではないものの、カナリアが寝子高生のもれいびの誰からしいと感づいているものもいる。ラッセルはそれに期待した。
（空からなら人の動きもわかるし、把握しやすい。俺のこと知ってるやつなら、目印にしてくれるはず！）
ラッセルは二、三度高く空を周回し、高度を少し下げて子犬を探し始めた。それを見送る時子は綾音を探すことにする。
「あの放送によれば……綾音さんはうちの生徒と一緒に学校内にいるはずですね……」
時子は子犬を探しながら、綾音と合流しようと考えた。『鳥の囀り』の力で周辺の鳥たちに呼びかけ、いえやす探しの協力を願い出る。
（わかったよ。こいぬだね）
（こわいから、ちかくにはいかないよ？）
数羽の野鳥たちが、時子の願いを受けて飛び去っていった。さすがに建物の中には入ろうとしないが、外から姿の見えるところにいるなら、きっと力になってくれるだろう。時子は程なくして、綾音たちと合流することができた。四人の女生徒たちに守られるように歩いている綾音の姿は十分に目立つ。恵御納夏朝と折口ゆづきが笑顔で迎える。桜庭円と一緒に、機嫌をよくした綾音が時子ににゃーくんを掲げて見せた。フットワークの軽い後木真央は、校内にいるであろう友人たちの協力を得るべく駆け出していく。
「犬は水場や広い場所も好むと思うの。私はその当たりを見てくるわ。用務員さんや先生方にも、事情を説明してくるから」
無断の全校放送は物議をかもしているかもしれない。穏やかな物腰のゆづきは折衝役を買って出る。空いた片手を時子がつなぎ、再び女生徒たちは校内を捜し歩き始めた。くまなく見てはいるのだが、綾音を連れているためなかなか速くは進めない。