犬だっているんです！｜リアクション

犬だっているんです！

　校舎外の敷地に、本来なら決していないはずのものがいた。鹿に似ているが、どこか違う。シダ美穂戸が『ベトナムユニコーン』の力で変化した、サオラと呼ばれる動物だった。
「ヴァン　わんこ　探すの　手伝う　シダ」
生徒の数もまばらになった放課後、人目がないのに乗じてサオラにチアントイ（変身）シダだが、その変身は実に絶妙、口の部分は人間のままだ。だからこうして人語を話すことだってできる。もっとも、安易に口は開けない。サオラの正体がシダだと知らない人が見たら、卒倒してしまうかもしれないのだから。
「探し者なんて　そのものの　気持ちになって　さがさなきゃ　コン」
動物の視点と人間の視点、二つを持つシダならではの発想である。動物になってみれば、きっと子犬の手がかりがつかめるだろうと考えたのだ。いちおう他人、特に『ひと』の目を気にしながら、木々や垣根に隠れるようにしてひたひたとシダは歩く。
「くんくん　わんこの目線は　もっと下だろ」
植え込みの間や物陰に目を配る。獣の嗅覚も頼りにした。
「シカも　わんこも　いっしょだ　シダが　わんこなら　ここ通る　ここ抜けて……」
シダは誰も通らない独自のルートを開発していく。確かにシダルートのどこかを子犬が通ったかもしれないと思えるにおいがわずかにあった。獣くさいが、シャンプーで清潔に洗われたことのあるもののにおいだ。
「む」
シダはぴたりと立ち止まる。飼い犬らしきにおいのほかに、もう一種類のにおいをかぎとったからだ。
「おいしそうな　においするな」
その先を追うと果たして、シダが見出したのはまさにその子犬、いえやすがもぞもぞと丸っこいお尻を動かしているところだった。シダ＝サオラを見てきょとんと瞬いてみせる。
「背中のるか？　おいしいにおい　追いかけるか」
四つの足を折り、子犬よりはだいぶ広い背を見せる。言葉を理解してか、子犬はおずおずとサオラの白い斑紋の散る薄茶色の背中に乗った。
「よいしょ　しっかりつかまってろ」
シダは見事なバランス感覚で、いえやすを乗せて駆ける。

「あの子、どこまで行ったんだろう」
「わんこー！　どこなのー!?」
　同じターゲット、柴犬の子供を追う逆巻天野と夢宮瑠奈が鉢合わせる。ひょっとして、同じ犬を？　と顔を見合わせて問う二人の間に、黄色い翼が割って入った。桜井ラッセルだ。ぴぴ、ちゅいちゅい、とさかんに鳴いて知らせる。
（逆巻！　夢宮！　子犬を見つけたんだ、遠くに行く前に捕まえてくれ！）
二人はラッセル＝カナリアが何を言わんかとしていることをすぐに知る。飛び立つラッセルは二人を取り残さないように、瑠奈と天野はカナリアの姿を見失わないよう懸命に走った。

（コン　これは　まずいな）
一方いえやすを背に乗せたサオラ姿のシダ美穂戸はちょっとした危機に陥っていた。子犬を見つけたはいいものの、追ってきた俊足のティナ・フォルトゥスに見つかってしまったのである。
（これは　シダ　動物のふり）
シダは四つの足を折り、伏せる形でティナの前に身を低くする。いえやすはそれを察したように背からよちよちと下りた。シダは頭を下げ、礼をするような形にする。ティナは察していえやすを抱き上げた。これ以上怪しまれる前に、去ってしまうに限る。シダはサオラの姿のまま後じさり、物陰に消えていった。
「シカ……？　何かの御使いかしら。不思議な動物でしたわ」
ティナは怪訝に思いながらも、澄んだ瞳の美しい獣に好感に似た感情を抱くのだった。

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