わああっ、と客席に歓声が巻き起こる。細い手足を振り回すサンマさんに合わせてドラムロールじみた手拍子がしきりに打ち鳴らされる。
　ふわり、ラブ・インジケータにはちみつ色した光が揺れた。ふわふわと舞い上がる明け方の雲のような、できたての綿あめような金色した光の中、のんびりおっとり、のびのびとした足取りでステージの真ん中に立つのは――
「第三十五回、ビーチ☆スターは声援を一番集めたお嬢ちゃん、あんただ！　ペコラ・ペコリ！」

「わあ～、ありがと～！　みんな～、ボクやったよぉ～」
　子羊じみてぴょんぴょん跳ねるボーイッシュな雰囲気の女の子に、客席からは温かい拍手と歓声が降り注いだ。その中にはもちろん、懸命に声援を送った仲間たちも混ざっている。
「やっぱりお前が一番だっただろー！」
「かわいいぞペコラー！」
「帰ったら宴会するぞ！」
「おめでとうございます」
　一際大きく聞こえる優勝者への声に、稀跡は祝福の拍手を送りながら優しく瞳を伏せる。コンテストが終わったら、余韻を楽しみつつ屋台巡りを再開しよう。きっとまだ美味しいものがたくさんあるはず。
(ペコリさんのお店の海鮮焼きそばとかもいいかしら……)
　だって、お祭りはまだまだ続くのだ。
「おめでとうございます、大変愛らしかったですよ」
　中沢町長からトロフィーと賞状を、サンマさんから副賞の『1/20スケール　サンマさん(海釣りバージョン)ヌードルストッパー＆1/20スケール　サンマさん(釣られバージョン)ヌードルストッパー』を受け取って、ペコラはちょっと不思議な顔をする。
「これ、どう使うのぉ～？」
「カップ麺の蓋を押さえるのに使うんだぜ」
「かっぷめん？」
　首を傾げるペコラの頭上、きらきらふわふわ、ラブ・インジケータが輝いている。

　きらきらふわふわな光の更に上空には、ほんの少し金色がかってもくもくと湧く夏の夕暮れの雲。その雲に仲間入りするように、ぽんぽん！　ぱん！　コンテスト終了を知らせる音花火が打ち上げられる。
「これにて第三十五回ビーチ☆スタースターズコンテスト、終了するぜ！　けどまだまだ祭りは続くぜ！　屋台巡り楽しんでくれよな！　終わりの終わりには花火も上がるぜー！」
　サンマさんのアナウンスを聞きながら、御巫 時子はちょっぴり赤い頬で五十嵐 尚輝先生と並んで砂浜を歩く。
「海の家、行ってみませんか、尚輝先生」
　ラブ・インジケータのぴかぴかな光に当てられながら、先生の頬に触った指先が熱い。先生に触れられた頬が熱い。
「ええ、構いませんよ」
　教え子にうっかり触れてしまって動揺しているようにも見える先生と一緒に海の家に向かう。トロピカルカップルドリンクを頼んでしまったのは、もしかしたらまだラブ・インジケータの光の影響が残っていたからなのかもしれない。
「ちょっと恥ずかしいですけど、先生、あの……」
　小さなテーブルに向かい合って座り、ふたつのストローのうちの一本を先生へと向ける。
　額が触れ合うほどに近づけて一緒に口に含んだマンゴージュースは、いつもよりずっと甘くなっている気がした。
(尚輝先生……)
　間近に見る大好きな先生の顔に、胸がドキドキする。あまりの嬉しさにいっぱいになった胸から幸せな溜息が零れて落ちる。
「先生と一緒に飲むとより美味しく感じますね」
　感じたままを口にして、
「とっても甘いです」
「そう、ですね……今日はいつもより甘い気がします」
　にっこり微笑めば、先生はつられたように口元を緩めた。

　ラブ・インジケータの光の下のような甘い会話が交わされる海の家の片隅の席、
(……やらかした)
　恵御納 夏夜が内心に頭を抱えながらも表向きは凛とした佇まいで座っている。
(分離と共存の願いは、友人でも明かした相手は少ないのに……)
　頭の中に響くのは、ステージで自分が言い放った言葉と、それからフジコ先生からもらった言葉。
(……この場で一部とはいえ出してどうする！)
　正直なところ、己の迂闊さと恥ずかしさに物陰に座り込んで膝を抱えて丸まってしまいたい。が、人目があるこんなところでそんな無様を晒すわけにはいかない。
　心の中でだけ重たく呻き、表向きはふと思いついたように立ち上がってシャワーを借りに向かう。汗を流して、うたた寝しよう。そうして夏朝に身体を返そう。
(……まぁ……)
　それでも。多少やらかしてしまった感はあるけれど、夏のお祭りの一日は楽しかった。
(ありがとう、夏朝)
　ちょっぴりふらふらと歩いて行く夏夜とすれ違うのは、一本だけストローのささったフツウのトロピカルドリンクを手にした千歳飴 楓子。
　テーブルにつき、流れる仕草でスマートフォンを取り出して、
「……うん？」
　音楽ソーシャルゲームから届く山のようなプッシュ通知に気づいた。何事かとゲームアプリを起ち上げた楓子が目にしたのは、フレンド数上限いっぱいになるくらいに沢山のフレンド申請。
「おお……」
　満足げに頷き、トロピカルドリンク片手に申請を片っ端から承認する楓子から少し離れた畳敷きの小上がりには、気持ちよさそうな寝息を立てて眠るトワ・E・ライトフェロゥと、トワに膝枕を提供しながら心底反省した風の酒浸 朱蘭。
「ヌ？　ヌヌヌ？」
　目をこすりこすり身体を起こすトワに、
「あたしの不注意で申し訳ない！」
　朱蘭は畳に額を打ち付ける勢いで謝った。
「ヌー？」
　突如として詫びる朱蘭の姿に、トワはを首を捻る。何か楽しそうなことをしていた記憶があるようなないような？
「具体的に思い出せないのデスケドー」
　思い出して口にすると、朱蘭にまた謝られそうな気がする。ついでにここにはいない護衛にしこたま叱られそうな気がする。
　でも楽しかったことには違いない。それだけは間違いない。
「また遊ぶマス！」
「ああ、また遊ぼうな！」
　ぎゅっと抱き着いてくるトワを受け止め、朱蘭は笑った。
「とりあえず喉が渇いたのでー、ジュースを貰うのデス！」
「あっ、トワちゃんそれはっ、……ああー！？」

　海岸沿いに並ぶ海の家のどこかから、ケラケラと明るく笑う声が聞こえてきている。お祭りの終わりの宵闇の寂しささえ吹き飛ばす楽し気な笑い声に重ねて聞こえ始めるのは、遠雷にも似た花火の音。
　どん、どーん、と響いては極彩色の花を夜空に咲かせる花火を見仰ぎ、佐藤 英二は黒い瞳を細めた。
(盛り上がったな)
　実行委員としてのバイトを無事勤め上げられたことと働きに対して与えられた報酬に満足感を覚えつつも、身体には少なからず疲労感もある。けれどそれはとても心地がよいもの。
「英二くんだー！　お疲れー！」
　ぱたぱたと駆けて来た野々 ののこに背中をばしばしと叩かれ、英二は笑った。
「野々さん、楽しめた？」
「うん、いーっぱい！　楽しかったー！」
　花火の咲く桜花寮への帰り道をふたりで辿りながら、ののこは花火に負けず劣らず瞳を輝かせる。
「楽しいことたくさん、ずっとずーっと、続くといいね！」