シエスタ・フェスタ！｜リアクション

シエスタ・フェスタ！

●旧市街の片隅で

　蝉しぐれがないだけマシかもしれなかった。今日の暑さは。
　それでも逆巻天野の額には汗が幾十もの玉になっていた。
　とはいえ冷房がなくサウナ状態になっている猫鳴館で教科書を開くよりはずっとマシだ。
　そう信じるしかなかった。
　そうして信じて、信じてたどり着いた目的地で、目的の相手は、
「わー涼しいなぁ」
　プールで遊んでいた。
　いや、さすがに旧市街で白昼堂々と全裸になって水浴びをしているわけではない。
　駄菓子屋のベンチに座って、ビニールプールに足を突っ込んでいるのだ。
「午後から勉強会しようと僕はいったはずだが……？」
　頬が引きつるのを感じながら、天野は彼の、真辺伸幸の反応を待った。
「ここの、駄菓子屋の人が出してくれたんだぁ。これに足入れたら涼しいよ」
　それは、まぁ、たまらなく気持ちいいだろうことは天野にもわかる。
　しかし、伸幸は、明らかに勉強会を放棄している。
「大丈夫、参考書なら持ってるから
　あまくんもほら、俺の横座って！」
　持つだけならば幼児でもできる。
　苦言を呈すべく口を開こうとした。
　その時、黒髪に混じって青いリボンがなびいた。そしてそのリボンの持ち主がふたりの前でぴたり足を止める。
「あれ、天野さんと伸幸さん？」
　水色のノースリーブワンピースに麦わら帽子。それだけだと一瞬誰だかわからなくなりそうだったが、いつもの青いリボンのお陰で天野にも彼女が誰だかすぐにわかった。女性というものは装いですぐ見た目が変わってしまうから困りものだと天野は内心、苦く思った。
「わー宮祀さんーこんにちはぁ」
「どうも……宮祀」
　こちらからも声をかけると、宮祀智瑜ははにかみながら笑った。
「こんなに暑いのに、どこかにお出かけ～？」
「はい、神社に寄ってからお見舞いに」
「もしかして……」
　彼女がお見舞いに行くと聞いて、天野の脳裏をかすめたのはぬいぐるみと少女の姿。
「ちょっと、待ってて」
「あ、俺も行くよぉ」
　天野の後を伸幸がついてくる。
　勢いで立ち上がったが、彼女がなにが好きかなんてパッと思いつかない。
　思いつかないながらに、天野はうみゃい棒、伸幸はチロリチョコを購入して、智瑜に渡した。
「これも、渡してもらってもいいかな」
「わ、わかりました！」
　責任重大というように大きく頷いて、「それでは、失礼しますね」智瑜はスカートを翻して遠ざかっていった。
　しばらくその背中を眺めてから伸幸はへにょんと笑った。
「だからねぇ、あまくん。俺、ここから動くなんて無理だって事を悟ってしまったのよー……」
　もはやなにがだからなのか天野にはわからなかった。
（いつものことだけど）
　ため息をつきながらも、ただ妙にその言葉に納得してしまう自分も居た。
　それに駄菓子屋にかけられた、素朴な御簾も、ベンチも、その下のプールも、諦めろと天野にささやいている。
「……君のお陰でノートは無駄になりそうだ」
　天野はひとつため息を付いて、ベンチに腰掛けた。
　もちろんズボンを捲るのも忘れない。