シエスタ・フェスタ！｜リアクション

シエスタ・フェスタ！

●廃ビルでは穏やかに

　ギシリと悲鳴を上げるベッドを知らんぷりして花風冴来はぬいぐるみを強く強く抱きしめた。
　冴来の覚悟をぬいぐるみは無言で受け止める。
「ねぇ。どうして私に優しくするの」
　そこでひと呼吸置いた。それは、だってやはり怖いから。冴来はとても怖がりだから。
　けれどそこには堀和哉が口を挟むほどの間はなくて、ただ相手に言葉を噛み締めてもらうための一瞬の間だった。
「私が友達だから？　同じ寮生で家族だから？　私には全然わからないわ」
　語気は荒くはないが、捲し立てるように冴来は和哉に言い放った。
　彼と彼女の距離は変わらず、同じベッドの上で、背を向けたまま。他人が見れば、痴情のもつれと取られてもおかしくはない状況。
「どうしてと言われると、そうだな……」
　和哉が開けた間は、悩みの間だった。
　適切に言い表す言葉を丁寧に探している風で、そのやさしさに冴来の胸がきゅっと縮む。
　それから笑顔を作り上げてから、和哉は子供に言い聞かせるように易しい言葉で語り始めた。
「ただお前が心配で、俺が優しくしてやりたくなる。
　ってそれだけなんだけどさ。
　家族、っていうのは……ああ猫鳴館の寮生は家族、ってそういや誰かが言ってたな」
　結局答えを教えてくれるわけでもなく、理由なんてないと言われているような気がした。
「ということは、俺はお前の兄ちゃんになるわけか」
　カラカラと乾いた笑い声を上げる。
（和哉が兄で、私が妹……？）
　本気で言っているのだろうか。と疑ってから馬鹿馬鹿しくなって頭を振った。
　違う。本気で受け止めているのは冴来の方だった。
　冴来は、兄妹という和哉が口にした免罪符に縋りつきたくてたまらないのだ。
　兄なのだと思えば、思っていもいいならば、すこしは素直になれるかもしれないから。
　和哉は変わらず笑っている。
「お兄ちゃん」

　和哉は自分の耳を疑った。
　貴方が兄だなんて真っ平御免だ、とでも返ってくると思っていたから。
　もちろんからかうつもりで言ったわけではないのだけれど、即座に自分を信じることが出来なかった。
　都合のいいように解釈しているだけなんじゃないのか？
　疑い出せばキリがない。
「いま、なんて？」
　聞き返すと、冴来は頬を林檎みたいに染めて顔を逸らした。
「お兄ちゃん、って言ったのよ。貴方は兄で私は妹なんでしょう？
　それとも、本当は嫌なの？」　
　相変わらず棘だらけの薔薇に抱きついてしまったように言葉が刺さる。
　けれど今はとにかく考え込んでいる場合ではなかった。
　空耳ではなかったのだから。
「いや、嫌じゃない」
　しっかりと伝えると、冴来は唇を尖らせて目をそらした。目の下が朱に染まっていて、ああ泣き出しそうなのだと、勇気を振り絞ってくれたのだと気がついた。
　だからそのことに気がつかないふりをして、和哉は子供みたいにはしゃいでみせた。
「そうだな。俺はお前の兄ちゃんでお前は俺の妹だ。
　お前は間違ってない」
　兄が妹を慰めるのは当然のこと。
　思い切って不安そうに肩をすくめている冴来の頭に手を置いた。
　絹糸のように掌を髪の毛がくすぐる。
　しかしいつまで経っても冴来は和哉の手を振り払わなかった。
（すこしは心を許してくれたのかね）
　淡い期待を胸に秘めていると、冴来は体を反転させ、和哉を見上げてこう言った。
「ねぇ、お兄ちゃん。遊んでよ。何かお話を聞かせて頂戴」
　駄々っ子の妹そのものを演じているようにも見える。
「おお、いいぞ。何をして遊びたいんだ？　どんな話が聞きたい？　満足するまで付き合うぞ」
　けれどこれが彼女の本当の姿であるのならばそれは、とても幸せなことだと和哉は思った。