未来の寝子島にあなたはいますか？｜リアクション

未来の寝子島にあなたはいますか？

　空が白み始めた。
「良い天気になりそうね」
　ジャージ姿の水上桜がシーサイドタウンの通りを走っていた。背中のリュックが軽やかに弾む。
　道の先に寝子島高校が見えてきた。歩行者信号は青。一気に道を横断して正門に駆け込んだ。
　左手のプールを横目に見ながらひた走る。南校舎を抜けた。北校舎の職員玄関に入ると速度を緩めた。
　息を整えながら二階の職員室へと向かう。
「失礼します」
　小声で中に入ると誰もいなかった。急に表情が緩んだ。宛がわれた机にリュックを遠慮なく載せると引き出しを開けた。奥の方に突っ込まれた鍵の束を取り出し、ポケットに押し込む。
　即座に職員室を出ていった。

　桜はプールへの出入口となる扉の鍵を開けた。点検を兼ねて隅々まで見て回る。最後に簡単なキットで水質を調べた。
「問題ないわね」
　プールサイドで大きな伸びをした。
　数分後、桜は職員室に戻っていた。自分の机で各種、申請書類に目を通す。十分に読み込んだ上で慎重に空欄を埋めていく。
　一枚目が終わり、二枚目に取り掛かる。眉根に皺が寄った。書かれた内容にペン先を軽く打ち付ける。
「あ、そうか」
　閃いたという風に笑顔で書き込んだ。
　似たような作業が続いた。机の端には書類が積まれ、ようやく全てを書き終えた。
　休むことなく二学期の授業計画に着手した。開いた頁に書き込み、すぐに思い直して消した。国語の意義や面白さを伝えることに腐心した。
　控え目なノックの音がした。桜はペンを走らせている。
　そろりとドアが開いて女子が覗き込む。桜の姿を見つけるとほっとした表情になった。
「水上先生、部員が揃いました」
「……え、そんな時間なの！？」
　書いていた手を止めて立ち上がる。
「顧問がいないと練習を始められないのですが」
「ごめん、ごめん。すぐ用意するから」
　桜はぎこちない笑みで書類を手早く片付けた。

　区切られたコースで水泳部員がクロールを始めた。上がる飛沫は朝陽を受けて燦然と輝く。
　桜は水泳部の顧問としてプールサイドにいた。着替えは済ませていて競泳用の水着の上にＴシャツを重ねる。首から下げたストップウォッチを手にした。
　時間を確認してホイッスルを吹いた。小休止の合図となり、部員達は軽く流すような泳ぎ方となった。
　その間に桜は手にしたファイルに個人のデータを書き込む。
「水沢さん、ちょっと来て」
　得られた情報を元に適切なアドバイスを送る。言葉の補足の為、実際に動きで伝えた。
「わかりました。次からは指摘されたところを意識して泳いでみます」
「無理はしないでね」
　笑顔で送り出すと再びホイッスルを吹いた。部員達の意識が切り替わる。流れるような動きでバタフライへと移行した。
　桜の目が厳しくなる。ファイルに急いで書き込み、一人に向けて声を張り上げた。
「前原さん、うねり過ぎてスピードが出てないわ！　もっとフラットになるように泳いで！」
　注意された女子は立ち止まり、桜の方を向いて微妙な笑みを作った。
「連動が難しくて」
「今から手本を見せるから！」
　桜はファイルを置いた。Ｔシャツを脱ぎ捨ててプールに足から飛び込む。
「前原さんはワンストロークに二回のキックよね」
「はい、そうです」
　桜はにっこりと笑って泳ぎ始めた。水面を薄く切り裂くような動きで速度を上げる。他の部員達の目も集めた。
「……現役みたい」
　プールの中で立ち尽くした女子が見惚れたような顔で呟いた。

　桜は寝子島高校の国語教師となり、水泳部の顧問にもなった。どちらも手を抜かず、全力で当たる。その姿勢は多くの生徒の心を捉えた。
「みんなで全国を目指すわよ！」
　薄青い空の下、桜の声が響き渡る。プールサイドに集められた部員達の胸に響いたのか。上回る歓声が沸き起こった。

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