未来の寝子島にあなたはいますか？｜リアクション

未来の寝子島にあなたはいますか？

　廊下を歩いていた吉住志桜里は足を止めた。急に目付きが鋭くなる。
　――ここは寝子島高校、ではないようですね。
　重厚感を漂わせるドアが幾つか見える。収録中と書かれたランプが点灯していた。
「……どこかのスタジオでしょうか」
　建物の作りが場所をそれとなく伝える。疑いの目は自身にも向いた。
　制服を着ていなかった。黒いタンクトップの丈は短く、ヘソが見えていた。上から羽織った白いジャケットには大空を舞う龍神が刺繍されていた。青いスリムパンツには金色の龍が乱舞している。
　――インディーズで活動しているＭＣと関係がありそうですね。戦いとなる場所を探さないと。
　志桜里が動き出そうとした瞬間、背後から足音が聞こえてきた。振り返ると男性がほっとした表情で駆け寄る。
「探しましたよ。もうすぐ始まります。付いてきてください」
　男性の案内で連れて行かれた先には観客がいた。入るなり、指笛と拍手の歓迎を受けた。
「ありがとう」
　ゆったりとした態度で志桜里は手を挙げた。合間に忙しなく目を動かす。
　――隅の方の椅子に座っているのはラッパー達ですね。観客がいるので公開収録に思えます。
　志桜里はラッパー達の元に向かう。自身も加わろうとして止められた。
「時間があまりないので、あちらの席に着いてください」
「そうですね。わかりました」
　微笑んで示された方を見ると長テーブルには四人の審査員がいた。空いている席のテーブルには『審査員長』と印刷された物が置かれていた。
　――私が審査員長ですか。年月を感じます。ここは未来の世界のようですね。
　志桜里は席に着いた。現場の責任者が前に出て細々とした注意を観客に与える。その内容を耳にした志桜里は目を見張った。
　――ここは十年後の未来ですか。高校の頃には考えられないくらいの出世をしたのですね、私は。
　公開収録は審査員の紹介から始まった。ラッパーらしく、歌うように語ってゆく。
　志桜里の番が回ってきた。他の審査員の口調に当てられたのか。挑戦者のような顔付きとなっていた。

「カードボード発ビルボード経由レジェンド　行き成り上がると息巻いて　成し遂げるまでサイファーで回す舌以てゴロ巻いてきた路地上がり」

　観客は身体を左右に揺らしながら沸いた。志桜里は笑顔を返す。
「ライムとフロウを効かせてみました。今回は審査員長という大役を果たせるように頑張ります。参加される皆さんは今回のバトルを楽しんでください。
　私がそうでした。ただ楽しめる場所を探して、見つけた答えがフリースタイルでした。何の縛りもない大空を舞う渡り鳥、今も変わらない私のスティーロです」
　盛大な拍手に一礼した。
　程なくして対決型のラップによるバトルが始まった。即興の戦いの中で如何に観客と審査員を巻き込めるか。際どい勝負が続いた。
　審査員は手元の採点表に向き合う。観客と同様に身体をスイングさせて点数を書き込んだ。
　志桜里も例外ではない。粗削りな若者の戦いに引き込まれた。採点の集計中には自ら前に出た。

「すっかり長い腰掛かり　だが斯く言うアタシもこのバトル上がり
　番人を下し玉座を奪い今や王さえ裁くこの身　次はＭＣつまり神
　ジーンズとパーカーだったトップク　スーツに着替えたってしないぜ平伏
　ビッグになって気が抜けてるって？　アタシに言わしゃ皆が縮んで腰が抜けてるだけ　踏まないように歩くだけで精一杯だぜ」

　熱狂した観客が次々と立ち上がる。拳を突き上げて叫んだ。参加者のラッパーが熱い魂に答えるように口々に想いを伝える。
　その日の収録は後に新たな伝説として語り継がれることになった。

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