伊豆で泳ごう！　夏の臨海学校！｜リアクション

伊豆で泳ごう！　夏の臨海学校！

◆三日目：遠泳本番

　八月の伊豆――ではなく。猫鳴館は酷暑に襲われていた。
ただでさえ冬は寒く、夏はじめじめと暑い場所であるが、今年はいつもより暑い――ような気がする。北里雅樹はそんな場所に居たら確実に死ぬ！　という思いから、臨海学校に参加していた。
　彼は三年連続で三班であるが、それでもしんどいという気持ちに襲われる。そもそも練習でさえヘロヘロだったのだ。本番では２５０メートルあたりでバテることが予想される。
　その気持ちを癒すように、雅樹は準備体操の際、眠たげな眼を動かしてちらっと女子の水着姿をさり気なく鑑賞する。

　――あの女子、背高くてスレンダーだけど美少女だな……！

　視線の先にあるのは楡宮遠海。しかし当の彼女はスク水を着てその胸の平坦な様を晒すことに悶々としていた。それを知ってか知らずか、椎井莉鳥は雅樹の視線の行き先に気付くと、一瞬だけ彼を睨んだ。雅樹は巧みに誤魔化してはいるものの、そこは元カノの勘というものだろう。そんな彼女は雅樹と違い一班である。途中でバテる心配はなさそうだ。

「うう……視線が……。やっぱりちっぱいだから……？」

　莉鳥と雅樹の攻防の中、遠海はそう呟いて、体操の合間に自らの胸に手を当てた。だから憂鬱なのだと言わんばかりである。そしてその横では、遠海とは別の理由で万条幸次が憂鬱な気分に陥っていた。

「今年も来てしまった……本番……」

　泳ぎの得意な遠海とは違い、幸次はとことん泳げない。力尽きて救助された去年の記憶が蘇って、体操の合間に頭を抱えた。

　――去年みたいにならないよう少しは考えてきたんだけど大丈夫かな。

　そんなことを考えながら、彼は去年の反省を思い返す。一気に泳いで終わらせようとスタートから全力を出し、それで腕も足も疲れてすぐ動かなくなった――今年はそれがないように、気を抜かずに！　幸次はどんよりとした気分を振り払い、足を攣らないためにも準備体操に戻った。

「今年は完走……完泳……」

　去年の結果を悔やんでいるのは幸次だけではない。青山絢もまた、今年こそはと意気込む者の一人だった。去年のように足を攣ってしまわないように、準備体操は念入りに行っている。練習ではペース配分に気を付けて、コツを身に着けようと頑張っていたのだ。
　準備体操も終わる頃、元気な声が響く。

「やーってきてます伊豆！　海！！」

　声の主は志波武道。嗅ぎ慣れてきた磯の香りを胸いっぱい吸い込んで豪快に服を脱ぐと、水着姿になった。

「さぁ今日もいくぜぃ！！」
「先輩、元気ですね……」
「速そう……」

　絢と幸次はこう呟く。武道は二人に笑顔を向けると、手を振った。

「それじゃーみんな本番頑張ろーぜぃ！」
「が、頑張ります」
「ます」

　そう言い合うと、一班である武道は二人より先に教師に呼ばれ、船に乗り込んでいく。それを皮切りに二班・三班が続いて船に揺られ、スタート地点に立った。海は穏やかながら波の音を響かせている。ゆらゆらと蠢く水面は入る者を吸い込むかのようだった。幸次は憂鬱な気持ちと戦いつつも、

　――よし、やれるだけやってみるぞ……目標はプールの往復50メートル！

　と心を奮い立たせる。
　生徒たちは合図の後、一斉に水に入った。