伊豆で泳ごう！　夏の臨海学校！｜リアクション

伊豆で泳ごう！　夏の臨海学校！

　――あわわわわわわ。落ち着こう……！

　一緒にスタートした仲間が次々と前に進んでいく。幸次は焦る心を精一杯静めて、両手両足をリラックスさせた。そう心がけるのは幸次だけではなく、絢もまた、

　――力みすぎないように……無理のないペースで……。

　と考えながら指先から力を抜く。
　青い海には生徒の肌色がぞろぞろと並んでいた。水から伸びる手足を、ぎらぎらと照り付ける太陽が焼く。その後方で、武道は波の様子を見るためゆっくりと――彼にしてはゆっくりと――泳いでいた。プールとは違い、押し寄せる波の抵抗が彼らの進路を阻む。武道は馴染んだ身体を動かし、ぐんぐんと速度を上げていく。その一方で、幸次はすうっと魂が抜けるように力尽き、波に揺られて漂っていた。

「万条！」
「はい！？」

　力強い声に名前を呼ばれて、幸次はガバリと起き上がる。そして周囲の様子を見て、救助されたらしいことに気付くと肩を落とした。

「やっぱり1キロは泳げなかったよ……」

　溺れはしなかったが、リタイアになってしまったということで俯いていると、ウォルターが穏やかな声で彼をフォローする。

「でも50メートルは越えてたよ」
「本当ですか？」

　それを聞くと幸次はガッツポーズをして、

「じゃあ、目標は達成したね」

　と言った。それで気が抜けたのか、遠泳の疲れがどっと身体にのしかかる。ふにゃふにゃと脱力してうとうととしだした幸次に、周りは暖かい目を向けた。

「終わるまでの間、ゆっくり休むといいよ」
「ありがとうございます……うう、この後はBBQもあるのに……」

　彼は少し悔しそうな顔でこう言うと、そのまますやすやと眠り始めた。

　一方その頃、幸次が力尽きている横を悠々と泳いでいた絢は、勢いづいたまま、ほどほどの速さで１キロを泳ぎ切る。そうして水から上がり、陸に立った絢はなんだか実感がわかないといった表情でこう呟いた。

「……もう２キロに達してたの？」

　絢と幸次がそれぞれの目標を達成する中、武道やののこをはじめとした水泳部の面々は波をものともせず進んでいた。中間地点を過ぎ、余裕の出てきた武道は水から顔を上げるたびに、ちらりちらりと他の参加者の様子を見る。そんな中、武道はある一点に集中した。

　――あ、あの子のフォームきれいだな……。

　武道がそう思ったその瞬間！　バシャバシャと天高く飛沫が上がり、何者かが武道とその者の間を通り過ぎる。あれは誰だ？　遠海だ！

「水泳ではっ！　水泳ではちっぱいこそ最強なのよ！　さいガボボボ」

　遠海は真っ白に燃え尽きそうなほど、激しく泳いでいる。コンプレックスを大爆発させるようなその姿の横で、莉鳥は無心になって泳いでいた。走り幅跳びで宙を舞うときと同じ感覚──重力を振り切って舞う瞬間の、何もかもから解き放たれるような解放感を泳ぎの中で感じ取る。
　その感覚を求めて手足を動かしているうちに……莉鳥はいつの間にか３キロを泳ぎ切っていた。

「ゴール！」

　生徒が次々とゴールする中で、武道もゴールし、元気よくこう言った。しかし頭の中は言葉とは裏腹に冷静で、彼は砂浜にぺたりと座り込むと、今回の遠泳の反省を始めている。

　――距離はともかく波だなやっぱり……。

　原因と対策を練る中で、同じく遠泳を終えた桜の姿が見えて、武道は手を振った。

「おつかれ！」
「疲れました……」

　桜はペットボトルの水を飲みつつ、海水でべたべたの頭を振る。それを見た武道も髪や肌を触りつつ、立ち上がった。

「……よし、俺も何か水分もらいに行こう」
「先輩もですか？」
「うん、お口の中ちょっとしょっぱい」

　てへっ、と星が舞いそうなくらい軽快な口調で言うと、武道は砂浜を歩きだす。生徒たちの付けた大小さまざまな足跡の上に、新たな足跡がついていった。