緑の進撃・猫鳴館の乱｜リアクション

緑の進撃・猫鳴館の乱

間奏：彼女達と彼等の事情

　――猫鳴館・勝手口付近：瓢と冴来が現れる少し前。

　喧騒が遠くに聞こえる。大田原いいなはきっ、と鋭い目を仇敵である草薙龍八に向けた。
「貴様、道理で近頃おかしいと思っておったのじゃ。尾行は簡単になるわ、護身術の手ほどきをしてくれるわ……。何故、ここを去るのじゃ？」
　自分が納得のいく説明をせい、と尚も厳しい表情で問いかければ、龍八は「去る理由ねぇ……」と呟きつつ不敵に笑ってポケットに手を突っ込む。
「勿体ぶるな、草薙」
「本土の方に、ぶっ壊したい敵がいる。そいつらを徹底的に潰してくるだけさ」
　彼の脳裏によぎったのは、いいなの恐怖対象である彼女の両親やら寝子島のろっこんや神秘に絡む利権狙いの連中の事だった。確かに『らっかみ』の存在は始末したい所だがそれよりも先に本土の敵を潰したかった。
「ああ、そいつは好きに使え。情報に善悪などないからな」
　いいなが握り締めるメモを一瞥し、龍八は瞳を細める。いいなは手を緩めてメモの中身を見、息を呑む。それが何を意味するのか、分かってしまった。
　暫らく黙っていたいいなだったが、すっ、と音もなく普段通りの姿に戻った所で、どこか苦々しい表情を浮かべる。
「左様か。なら、儂はお主を止めぬ。じゃが１つだけ約束してくれんか？」
「ほぅ。何を？」
　龍八が面白そうに目を細めると、いいなは真剣な顔で一歩踏み出す。
「生きろ。野垂れ死になど許さん。貴様を倒すのは儂じゃからな」
　その言葉に対し、龍八はやれやれと肩を竦める。
「さぁな。明日の生き死になんぞ誰も保証なんか出来ないぞ」
「それでも……」
　彼女が何か言いかけた時、悲鳴が聞こえた。勝手口から出、声の方へ向かうと、巨大ウツボカズラが蔦を伸ばしていた。いいなが腕まくりをすれば、龍八はチシャ猫のような笑みを浮かべる。
「どうやら、露払いが少なそうじゃな。草薙、最後に一つ大暴れせぬか？」
「いいだろう。……ひと暴れしようじゃないか」
　そして二人は、喧騒であふれる裏庭へと駆け出し……援護に入ったのである。

　――猫鳴館へと続く道。
　大きい荷物を背負い、ゆるゆると歩いていく少女が１人。彼女、恵御納夏朝は早起きして色々なものを作っていた。久々に猫鳴館へ差し入れをする為だ。
「ん？　あれは……」
　ふと、彼女が顔を上げると小柄な女性もまた同じ道を辿っていた。ちょっと大きめの肩掛け鞄をもってこちらもゆっくりゆっくり歩いていく。学校で会った事のあるような気がした夏朝は早速声をかけてみる事にした。
「こんにちは。寝子高の先生……ですよね？」
　そう問いかければ、女性は「ええ」とにっこりと笑って頷く。夏朝が自己紹介をすれば、その女性もまた「書道担当の瓜山メイです」と品のある笑顔で答えてくれた。
「夏朝さんも、猫鳴館に遊びに行くのですか？」
「うん。ちょっと……差し入れに」
　今日は一杯作ってきたんだ、と手にはめたパペットを動かしつつ答えれば、メイはかわいい、と表情を緩ませる。そして自分も遊びに行く所だ、と言えば夏朝は一緒に行きませんか、と提案する。メイはそれに笑顔で頷いてくれた。
　その道すがら、２人は色々話しながらゆっくり歩いていく。荷物の量もあった事から、２人はウツボカズラで大騒動が起こっているとも知らず、のんびりと歩き続ける。
「先生も、寝子高出身……といったよね？　もしかして……」
　猫鳴館に住んだ事があるのか、と問えばメイは小さく首を振った。
「私は、実家から通っていました。住んでいたのは、私の２つ上の兄です。兄は私と違って怖い物知らずなんですよ」
　彼女の兄が猫鳴館に住んだのも、幽霊とかに会えたらと考えての事だったらしいが、結局会えなかったそうだ。その話を聞きながら、夏朝は当時も今も猫鳴館は変わらないのかもしれない、と思った。