夏の思い出、ください……ゲームショップで｜リアクション

夏の思い出、ください……ゲームショップで

　夏の日は長いとはいえ、そろそろ夕方の気配がただよいはじめた。
　店内後方の自由開放テーブル付近で、ごそごそという動きがはじまりつつある。
　特に三佐倉千絵が指示しているわけでもないのに、常連ぽい中高生が、いくつかのテーブルを移動させたり、椅子を運んだりしている。
　ボードゲームや歓談休憩用にテーブルを二つ残して、あとはすべて近い間隔に寄せられた。椅子も同様だ。
　だいたいの準備が整ったところで、千絵は台帳のような分厚いノートを手にしてテーブルに置き、その横に、百円均一で買ったようなミニサイズのノボリを立てる。
「じゃあ、よろしくお願いします」
　それだけ告げると、千絵はボランティアを買って出ている記録係の少年に、台帳とペンを任せてレジ前に戻っていった。
　ノボリは小さいけれど文字は大きく書かれておりよく見えた。『第9回　TOS大会』とある。『9』の文字のところは紙を重ね貼りしているらしく、セロハンテープの跡が残っている。
　『A Tale of the Sky』、略して『TOS』は、このところ地味に人気が出てきている対戦型トレーディングカードゲームだ。いちおうジャンルとしてはSFになるのだろうが、ファンタジーっぽいキャラクターがいたり歴史上に実在した人物がいたりと、ノンジャンル的なごった煮な内容で、それゆえか幅広い層に受けているらしい。
　ゲームショップ『クラン＝G』では隔週でTOSの公式大会が開催されている。といっても有志十数人から二十人くらいが参加する程度の規模であり、店から商品も出るものの大したものではないので、もらえるのはちょっとした名誉と、版元の公式HPに登録名が掲載されるくらいのものだ。
「こんちゃーす。今週も大会参加しに来たよ～」
　早々に白真白は台帳に名を記した。

「みんな、今日もよろしくね」
　おー、とか、今日もよろしくー、とか、常連参加者の男子たちから挨拶と、ほわんとした憧れのような視線が集まる。
　TOSは比較的女子プレイヤーが多いと言われるがそこには、トレーディングカードとしては、という注釈がつく。大会の参加者も八割以上が男性だ。
　そのなかにあって、灰色の瞳にクリームのような髪色、童顔なのに胸は大きく、誰にでもわけへだてなく優しい真白は、もうアイドルどころか崇拝されるような対象となっている。
　もっとも真白本人は、自分がそこまで注目を集めているとは自覚していないのだが。
「始まるまでまだ時間あるね？」
　記録係に確認すると、鼻歌まじりに真白はTRPG関連の棚へ向かった。
　その後ろ姿を参加者たちは自然に目で追っている。「今日も真白さんと話せる！」「対戦できたらいいなあ～」と盛り上がっている者もいる。
　真白は棚の前で足を止めた。
　――今のうちにゲーム買っちゃおっと。
　嬉しさもさることながら、ついに出たんだね、としみじみ思う。
　一言でいえば、スローライフファンタジー生活系RPGだ。正確にはあるゲームを元にした追加キットという体裁だが単独でも遊べる。世界観の説明、ルールやアイテム、それに地図、ちょっとした読み物や漫画、サンプルシナリオとリプレイが集められた大判の書籍だった。
「それにしてもほんとこのシリーズの新作が出るとはねぇ……」
　想いがあふれ、真白はつぶやいてしまった。
　長く待っていた一冊がようやく出たのだ。
　発売決定、と言われてからどれだけ待ったか。何度延長の知らせを聞いたか。
　中止の噂が流れたことも一度や二度ではなかった。
「このシリーズを作ってた会社が倒産しちゃったからもう続編はないものと思ってたし。それがスタッフが再集合して新作を出してくれるとは……いやほんとうれしいよ」
　抱きしめるようにして真白は一冊を手にした。
　店長代理の千絵が手書きしたのだろう、カラフルなポップが添えられていた。見出しは当然のように『ついに出た！』である。
　そう、ついに出たのだ。待てば海路の日和ありというものである。
　まずは読み物としてじっくり楽しもう。友達を誘って、ゲームマスターとしてサンプルシナリオをやってみよう。オリジナルのシナリオを作れたら、もっともっと楽しくなるだろうな。

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