カメラはどんどん引いていき、ふたたびゾンビ女王・大江戸 マンモスにフォーカスされる。
　大江戸は、この映画を、本気で面白くしようと意気込んでいた。
（1スジ2ヌケ3ドウサのセオリーさえありゃ何とかなるです）
　スジとは筋、ストーリーの面白さのこと。
　ヌケは撮影・映像の技術のこと。
　ドウサは動作、俳優の動きのことである。
（撮り終わったら編集作業も手伝いますよ。素晴らしい怪作に仕立ててやりましょう！）
　ゾンビ役の変態紳士たちを引きつれ道を闊歩。
　哀坂 子夜、哀坂 零葉姉妹をターゲットに据えた。
「零葉、何か来た」
　子夜は無表情に妹に告げる。零葉は怯えた表情で悲鳴を上げる。
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ！　想像より数が多いし、何か目が怖いですー！？」
　それもそのはず、変態紳士たち撮影が始まる前から、可愛らしい零葉に狙いを定めていたのである！
「そうですね……こ、こうなったら捕まらない様に完璧に逃げ切るしかありませんね。そう、見られずに終わればバレません……シュレティンガーの何とかと同じです……大丈夫……大丈夫……」

　零葉は元からノーパンである。でもスカートの中にパンツを履いているかどうかは、見られなければ確定されないのだ！　尤も、チラとでも捲られちゃったらノーパンで確定してしまうのだけれど。
「ここで会ったが百年目。スカートの下のパンツのことは諦めるですよ！　行け、ゾンビども！」
　大江戸の号令でわさわさと動き出すゾンビたち。
　このままでは囲まれてしまう！
「零葉、こっちだ」
　子夜は妹の手を引いて、目についた薄暗い路地へ逃げ込む。
　置きっぱなしの青いポリバケツや段ボール箱を蹴散らし、ただただゾンビの魔手から逃れるために走る。
　角を曲がる。ふいに現れる行き止まり。ゾンビの一体が襲い掛かってくる。
「姉さん！」
　子夜は無表情のまま動いた。
　隠密めいたしなやかな身のこなしで、細い路地の左右の壁を交互に蹴って駆け上り、空中で身を翻す。
　ひらり。
　妹とゾンビの間に割って入るや、その黒髪の肩に舞い降りぬ間に模造刀で一刀両断。
　切り捨てたゾンビを後続のゾンビたちに向かって蹴り倒す。
　細い路地のこと、まるでドミノ倒しのように次々に倒れるゾンビたち。
　その隙にまた妹の手を掴んで走る。
「こっちだ！」
　子夜は鍵の掛かっていない飲み屋の裏口を開けると、店主の怒号をスルーして厨房を駆け抜け、反対側の店舗の入り口から外へと飛び出した。
「はっ、はっ……逃げ切り……ましたか？」
　零葉は、身体をくの字に負って肩で息をする。
　だが、子夜は緊張を解くことなく、模造刀を正眼に構えた。
「咲君」
　そこにいたのは、ゾンビの群れから必死に逃げてきた、矢萩 咲！
「子夜さん！　零葉さん！　無事でしたか！」
　邂逅の喜び束の間、振り向きざまに一番近いゾンビの股間を蹴り上げる咲。
「お生憎様！　咲はノーパンになるなんて真っ平御免なのよ！」
「咲君、共闘しないか」
「するわ」
　呼吸ひとつ合わせ、零葉を守るように背中合わせの陣形をとる子夜と咲。
　その周りを取り囲むゾンビたち。
「ははあ、手強い輩もいる様ですね」
　遅れて到着した女王・大江戸は三人を見て目を細めた。
「ですが、どんなえげつない手段を使ってでもパンツは頂く！　出でよ！　パンツハンマー！」
　黒子ゾンビが手渡したのは、一斗缶にパンツをぎっしり詰め込んだ鈍器、その名も「パンツハンマー」！
「オラオラオラオラァ！！！」
　大江戸はパンツハンマーを振り回し、三人に挑みかかってくる。
　手始めにその射線上にいるゾンビたちが容赦なく無双されてしまったが、気にしちゃあいけない！
（私が大活躍するシーンを演出するために犠牲になりやがれなのです！）
　ハンマーで吹っ飛ばされて咲の方に飛んできたゾンビたちに咲の負の感情はマックス！
「迫りくる変態は死すべし！」
　振りかざした拳から放たれた黒いビーム『メガエラ・フォース』の餌食になるゾンビたち！
　逆ベクトル方向に弾かれて、大江戸の頭を超えて吹っ飛んでいく。
　い、今のは……？
　目を白黒させる監督に、咲は『特殊技術です』と口パクで言い張る！
（あ、そうなの？　特殊技術？　特殊効果班にそんなの頼んでたっけかな……まあいいか、面白ければ！）
　納得した！！！
　よし！
　心の中でガッツポーズをする咲。
　問題は『メガエラ・フォース』は一度撃ったら再度負の感情が溜まるまで撃てないことだ。
「子夜さん、ごめん。咲はしばらく役立たずかも」
「わかった。休んでて」
　子夜が模造刀を構え直したそのとき。

「待ちなさい、腐敗した下郎ども」

　凛々しい声が響き渡った。
　ゾンビだらけの道路に放置された打ち棄てられたトラックの上、逆光に立つポニーテールの女。
　謎のジャパニーズファイターガール、吉住 志桜里のお出ましだ！！

　手には金棒、拳にはメリケン。例のラバー製の痛くないヤツだが、カメラに収まれば金属製に見える。
「ウ゛ア゛ア゛ァ　ァ」
　ゾンビたちは新たな獲物と向きを変えた。
　吉住のいるトラックに取りつき登っていこうとする。
『アドリブで暴れて』
　監督が画面外からスケッチブックで指示を出す。
（了解）
　目線で頷くや、吉住は登ってくるゾンビ役の脳天に金棒を振り下ろした！
　その頭蓋骨はぐしゃ、と潰れ……たりはしなかったのだが、あとでＣＧ加工するだろう。
（折角ですから遠慮なくいかせてもらいますよ）
　登りかけたゾンビの手を踵で踏み抜く！
「ギャア！」
　上がり切ったゾンビにはメリケンアッパー！
「うわあっっ！」
　ゾンビ君、またまた結構吹っ飛んでったけど、ラバー製だから痛くないハズだ（はぁと）！