たどりつけ、魅惑の山頂グルメ！｜リアクション

たどりつけ、魅惑の山頂グルメ！

「ほう……」
　と、耳寄りな情報に薄野五月はメガネをクイと上げた。
　旧市街・参道商店街『蕎麦屋すすきの』の長女ともくれば、敏感になるうわさの類もある。

「九夜山の頂上に、うどん屋さんが開かれた、と……」

　話を持ってきた瞬城真魚は、「そうなんだよ」と腕組みした。
「うちの父さんが対抗心に萌えちゃっててね、敵情視察だとか……」
　彼女は同じく参道商店街のうどん屋『またたぎ亭』の一人娘だ。
「興味を惹かれますね。運動のあとの食事は五臓六腑にしみますし」
「これは見逃せないアルよ！」
　と意気込むのは、畑中華菜子。彼女はラーメン屋の娘で、瞬城の父同様張り切った様子だ。
「敵情視察は商売の第一歩アル！　ここはしっかりと研究をして……」
「いや、食べに行くだけだよ」
「え、そうアルか？　でもどっちにせよ興味あるアル。五月ちゃん、真魚ちゃん、行くアルよ！」
「そうですね」
　薄野はにこりと笑った。
「きっと、美味しい一杯になるでしょうね。ふっふ」

　たちまち、山登りの当日となる。
「とりあえず、水筒は用意してきましたよ」
「手荷物それだけ？」
「そんなに急な山じゃないですし」
　深く空気を吸う。
　森の空気はやはり澄んでいて、少しキンと冷えていて、肺が綺麗になるような気がした。
「やっぱり山はいいですね」
「よく来るアルか？」
「途中まではたまに。でも山頂までは久しぶりです」
　幼馴染の三人が一緒だと、気持ちもはしゃぐ。
「あ、川」
「魚泳いでますねー」
「え、どこアルか？」
　道中のんびりすごしながら、山頂を目指す。　
　幾らかの疲労感はあったが、それ以上にワクワク感の方が強かった。

　やがて、少し息が上がり始めたころ、どこからかだしのいい匂いが漂ってきた。
「……あ！」
　思わず声を上げる。
「ありましたね、真魚さん、華菜子さん！」

　いらっしゃいませ、と女性の店員がにこやかに出迎える。
　三人でテーブルを囲み、メニューを開いた。

「何が良いすかねー」
　ぺらぺらとメニューをめくっていく。
「あ、月見。私月見うどんにしても良いですかね？」
「へぇ、月見好きなの？」
　瞬城に聞かれて、こくりと頷いて見せる。
「月見うどん、好きなんです。お二人は何にされます？」
「そうだなー」
「悩むアル」
　二人もまたメニューに目を落とす。
　やがて店員が注文を聞き、奥へオーダーを通した。
　いくらか、そわそわする。どんなものが出てくるのか、敵情視察としてなのか、一うどん好きとしてなのか、オーダーを待つ間は気になってしまう。
　時折厨房の方へ目をやっていると、まただしの良い香りが届いた。
「良い香りですねー。ふっふ」
　我知らず笑顔がこぼれる。
「うん、いいダシ出てそう」
「いい仕事してるアル」
「真魚さん家のまたたぎ亭も、華菜子さん家の猫島軒も、美味しい香りでいっぱいですよね」
「え、そうかな」
「嬉しいアル」
　二人が顔を見合わせたところで、注文の品が届いた。
「月見うどんご注文のお客さま」
「はい」
　目の前に置かれたのは、ぷるぷるの黄身の浮いた月見うどんだ。
　どんぶりの造形もさることながら、ふくよかな麺のくちあたり、カツオの出汁のきいた香りがたまらない。
「これは……」
　合掌して、いただきます、と唱える。
　十分に吹き冷ます。メガネが曇るが、それはもう慣れだ。
　一口、運ぶ。
「おお……！」
　とろりと蕩けた卵がしっかりと麺に絡んでいる。
　それを支える出汁のうまみがたまらない。麺のコシがしっかりしている分歯ごたえも十分だが、それ以上につるりと飲み干したのど越しが、くせになる。
「美味しいです」
「ほんとだ」
「うん、好きアル」
　この美味なら、また山を登りたくなるなと思う。
　何より、この三人で一緒に山に来られたことが、薄野は嬉しかった。

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