赤い実鳴らそ、ほおずき市｜リアクション

赤い実鳴らそ、ほおずき市

　何度か誘ったことがあるからといって、誘いの電話をかけるのにはなかなか慣れない。
　このときだって、佐藤英二はとても緊張したものだった。
　電話がかかって開口一番、英二は彼女にかく告げている。
「野々さん、寝子島神社のほおずき市に行かない？　いろんな露店もあるみたいだよ」
　かける前に三度リハーサルした言葉なのに、それでもやっぱり、本番では声がうわずってしまった。
　そんな英二の気持ちを知ってか，知らずか。
「うん、いーよ♪」
　野々ののこの返事はごくあっさりとしていたのだった。
　待ち合わせどこにするー？　と、打てば響くような即レスだ。のの子は一秒も躊躇しなかった。
　素直に喜べばいいはずなのに、悩める年頃十六歳、
　――これっていいことなのかなあ。
　もしかしたら僕のことなんてなんとも思ってないからかも……と英二が不安になったりならなかったりしたのが三日前の話だ。
　そしてこの日、
「やっほー、英二くん、こっちこっち」
　背が低いからかぴょんこぴょんこと跳んで、神社の前でののこは英二を待っていたのである。
　浴衣ではないがサマードレスだ。目にも鮮やかな黄色いノースリーブ、ぐるり首元もカットされており、鎖骨もしっかりのぞいていてびっくりするくらいセクシーでもあった。英二はちょっと、目のやり場に困った。
「あの……野々さん、今日、誘っても良かったのかな」
　電話した直後悩んだせいか、いささか今日の英二は弱気である。
「んー？　なんかまずかったっけ？」
「いや、七夜さんとかと行くとか……もし邪魔したんなら」
　こんなネガティブなこと言うべきじゃない、心ではそう判っているのに、つい口を出てしまうともう止められなかった。
　気分を害するかと思いきや、ののこは太陽みたいにニッコリ笑って、
「なーに言ってんだか英二くん！　むしろ私が誘おうかと思ってたんだよ、ほおずき市っ♪」
「え……野々さんが、僕を……？」
「うん」
　ののこの表情に嘘やごまかしは一切なかった。
「だってこの前、英二くんの家にいきなり押しかけちゃったりしたじゃない？　コーヒー出してもらったり特撮のDVD見せてもらったりしてさー。だから今日はお返し、かき氷くらいおごっちゃうよー☆」
　じゃあじゃあ行こうよ、とののこはもう、英二を引っ張るようにして歩き出している。

◆　◆　◆

　ほおずきカレーをおごるから、という理由は我ながら無茶苦茶だと思ったが、
「おう、それでオッケ」
　と乗ってきた野菜原ユウもたいがいだという気もする。
　というわけで本日も鬼河内萌は、ユウとドッキンばぐばぐなデートなのである。……違う？　だとしても、限りなくそれに近いお出かけだ！

「うおーすげー賑わいだなオイ！　俺ほおずき市なんて小学生以来だよ！」
　こういうイベントは好きらしく、さっそくユウは盛り上がっている。
　花のまわりを経巡るチョウチョみたいにあちらこちらと足を向け、ふと思いだしたように彼は言った。
「なあほおずきカレーって言う話だったが、そもそもほおずきって食えんの？」
「食用になるか確認もせずオッケしたんかーい☆」
　萌はズルっと、半分滑りながらつっこんだ。
「おうよ」
　まったく否定しないユウなのだった。
「……じゃあまあ、教えて進ぜましょう」
　心のメガネをくいっとやって、萌は語って聞かせる。
「ほおずきはナス科ホオズキ属の多年草で、一種のフルーツとして食べられるんだよ。独特で濃厚な甘酸っぱさが特徴的だね」
「おーさすがよく知ってるなー」
「いまスマホで調べた☆」
「感心して損した」
　あ、ちょっと待って、でもね！　と萌は声を上げた。
「ほおずきは無病息災の縁起物って言うけれど、妊娠中の女性にとっては毒なんだって……」
「としたら無病息災の反対ぽくね！？」
「江戸時代には堕胎の薬にも使われてたみたい……」
「怖いっつーの！」
　すると萌はあきらかな泣き真似をはじめる。
「ユウくん……責任とってくれないんだね。だからほおずきで……」
　待てー！　ユウは声をあげた。
「人聞き悪いこと言うなー！　っていうかそういう関係じゃないだろ俺ら！」
「へっへー♪　これはボクがちょめっ☆　でした」
「マジ信じる人いるからその手のジョークは勘弁な、マジでマジで」
　言いながらもユウはカラカラと笑っている。こういうノリの良いところが彼らしさだ。
　萌も笑っているが、心から同調しているわけではない。
　――そういう関係じゃないだろ俺ら、か……。
　そこまで全力で即否定しなくたって。
　まあ、実際、責任とかドウトカいうようなことはないのだけれど。

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赤い実鳴らそ、ほおずき市

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