赤い実鳴らそ、ほおずき市｜リアクション

赤い実鳴らそ、ほおずき市

　玲瓏（れいろう）というのか。
　どこか遠くで聞こえるような、けれども耳元で鳴っているような、涼やかな音色がひとつ、りん、と響いた。
　例年の猛暑は今年も健在、湿気も湿気で相応に、それが日中ともあれば、不快指数もすさまじい。
　けれどもしかし本日ばかりは、からりと晴れた空なれど、湿度の重みはあまりなかった。少なくとも日の出ている間は、この軽やかさが続くそう。
　ほおずき市のおかげかもと彼女は思い、まさかねと考え直して肩をすくめた。
　らしくもなく神妙な気持ちになっているのは、神社というシチュエーションのせいだろうか。
　間もなく、やっ、と片手を挙げて、今道芽衣子は細面の口元に笑みを浮かべたのである。
「とつぜん呼び出しちゃってごめんね。ひとりでお祭り、ってのも味気なくってさあ……五十嵐君」
「ああ、いえ、どうも……」
　ジグソーパズルのピースを見失ったかのように、五十嵐尚輝はうつむいた。本日も彼は半袖のワイシャツだ。白衣がないだけで仕事中の格好と大差ない。
「それに時子ちゃんも！」
　芽衣子は御巫時子の手を握る。
「時子ちゃんからも誘ってくれるつもりだったなんて嬉しいよー」
「先日のお礼をかねて、です。アメリカではほおずき市がないようなので……素敵なイベントを知って頂きたかったので」
　本当のことだ。ほおずき市に芽衣子さんも誘おう、時子はそう決めていた。
　尚輝のことはもちろん誘うつもりでいた。けれども尚輝を想うとき、このところ時子はどうしても、芽衣子の存在を意識せずにはいられない。だから尚輝に電話したとき、ごく当たり前のように彼女の名を口にした。
　先日の出会いが印象的すぎたから、話し足りない気持ちが残ったから――口にした以外のそんな理由も、すぐに思いつくことができる。いずれも嘘ではない。
　けれども一番の理由はきっと、
　――尚輝先生が喜んでくれるだろうから。
　仮にそれがどれほど、自分の胸を苦しくすることになろうとも。
　時子の葛藤を知ってか知らずか、やはりこのときも尚輝は薄く頬を染めていた。下を向いたままごにょごにょと、
「このごろ寝子島によく来ているって聞きましたので……ちょうどいいタイミングでした……」
　などと言っている。芽衣子のほうは特に意識する風でもなく、しばらく尚輝と言葉を交わしていたが、「それにしても」と言って時子を振り向いた。
「時子ちゃん本当に可愛いなあ。今日の着物もすごく似合ってる！」
　抱き寄せてなでなでしたいくらい、というような目で微笑むのである。
「ありがとうございます」
　時子は照れ気味に会釈した。番傘の下の装いは、透けるような生糸の絽だった。目にも涼しい水色地、抑え気味の色調ながらも、朝顔の柄がみずみずしい。

「時子ちゃんって、髪も肌も綺麗だし、何着ても似合いそうだよね。いいなあー、私も時子ちゃんみたいになりたい」
　皮肉やあてこすりではなく、心からの口調で芽衣子は言うのである。
「そんな……褒めすぎですよ」
　恐縮しつつも時子は伏せた目で、尚輝の様子をうかがうのである。

　やっぱり尚輝先生は、
　先生は、
　ずっと芽衣子さんのほうを見てます……。

　――だけど私は、芽衣子さんみたいになりたいです。
　その言葉を時子は、心の戸棚にそっとしまった。

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