赤い実鳴らそ、ほおずき市｜リアクション

赤い実鳴らそ、ほおずき市

　どこかへ行きたい。出かけたい。
　そんな気持ちがこのところ、佐和崎紗月のなかでくすぶりつづけている。いや、くすぶるどころか線香花火のように、ぱちぱちと火花をあげてさえいる。
　本当は遊んでいる暇はないのだ。
　紗月は高校三年生だ。高三の夏といえば受験の天王山、砂を噛みシャーペンを握りしめ赤ラインマーカーを敷き詰め、来年の受験に集中すべき時期なのだ。
　それはわかっているのだけれど。
　でも適度に休みを入れないと酸欠気味になる――。
　紗月は思う。特に恋人……初瀬川理緒のほうにこそ、そんな想いは強いのではないかと。
　それもあってこうして『酸素補給』の機会を設けたというわけだ。
「紗月」

　待ってたよ、と手を振った理緒の浴衣は、大正レトロ調の牡丹柄、目の覚めるような空色もあいまって、元気で明るいイメージをかもしだしている。長い黒髪をアップにし、華やかなリボン飾りのかんざしでまとめている。和風の鞄ではなくかご状のバッグを提げており、すべてが雑誌モデルのようにぴたりと決まっていた。
　そうか、当たり前だよねと紗月は内心苦笑してしまう。
　初瀬川理緒はグラビアアイドル、モデルのように決まっているのが日常のはずではないか。仕事のほうは今日は休みだ。
「理緒ちゃん、七夕祭り以来の浴衣だね。今日もとっても可愛いよ。ヘアスタイルもぴったり」
「ほんと？」
　理緒は気恥ずかしげに視線を伏せた。
「面と向かってそう言われると照れちゃうな」
「でも、理緒ちゃんなら言われ慣れてるでしょ？」
「かもしれないけど」
　理緒は一拍おいてつづける。
「紗月に言われるのは、特別だよ」
　ふふとふたりは、朝顔みたいに笑い合った。
　でもね、と理緒は言い加えるのを忘れない。
「紗月の浴衣姿も素敵だね、見とれちゃうくらい」
　アイボリーに近い白地に、楚々と月下美人が揺れる絵柄、決して派手さはないものの、紗月の肌の白さを引き立てるような色調だ。髪のリボンも今日は、月下美人の色にあわせていた。和風柄の巾着も可愛らしい。
「ああ、えっと……」
　最愛の人から服装を褒められると、どうしたって舞い上がってしまうものだ。紗月は首のあたりが熱くなるのを覚えながらもやっと、
「ありがとう」
　とだけ返すことができた。
「じゃあ行こうか。受験勉強も適度に息抜きしないと根気がつづかないもんね」
　理緒が手を差し出すと、
「うん」
　紗月はその手に自分の手を重ねる。指をからめる。
　受験生にとって夏が、貴重であることは事実だ。
　けれどこうしてふたり、ただふたりきりで過ごすことは、なによりの『酸素補給』なのだ。

◆　◆　◆

「こうして待ち合わせて出かけるなんて」
　いつ以来かしらね、と北風貴子は言った。
「そういえば……」
　伊賀解理はこめかみを人差し指でかく。
　一緒にほおずき市を巡りませんか――思い切って解理からそう声をかけ、実現したこの日のお出かけだ。
　なんだか嬉しくて、なんとも照れくさい。
　照れくさいのにも理由（わけ）がある。
　服装にこだわらない、というのが解理による貴子のイメージだった。今日だって北欧メタルバンドの黒Tシャツに厚そうなロングスカートとかで現れるかと思いきや、綺麗な肩を出したオフショルダートップスに、すらりとしたデニム、黒いブランドスニーカーという出で立ちで貴子はやってきた。白いキャップも、頭が小さいおかげかよく似合う。トップスのオレンジ色もいいアクセントだ。
　――くうっ、カワいカッコいいっ！　これが大学デビューの力だというのかっ！？
　貴子としても実際、それなりに頑張った服装だったらしい。あんまりにも解理が黙っているので、
「……どうしたの解理さん、ジロジロ見て……やっぱり、変？」
　なんて気恥ずかしげに爪先で石畳をトントンと叩いた。
「いえいえいえいそんな滅相もない！　今日の貴子さんはクールでキュートでダブルサムズアップっすよ！　写真OKすか！？」

　なんて解理が携帯を取り出したものだから、
「ちょ、ちょとやめてよ伊賀さん！　恥ずかしいってば！　ていうかなんで伊賀さんが浮かれてるのっ！？」
　思わず貴子は顔を両手で覆ったりする。
「今日の貴子さんの麗しさを永遠に残しておきたくてですねえ……あ、ご安心を、僕ノンケですから！」
「残すのやめてー。っていうか『のんけ』ってなに？」
「ああそうか貴子さんそういう言葉知らないんでしたっけ」
　どう説明したものやら、と迷いつつ、なんだか解理は安心してもいる。
　やっぱり貴子さんは貴子さんだなあ、と。

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赤い実鳴らそ、ほおずき市

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