赤い実鳴らそ、ほおずき市｜リアクション

赤い実鳴らそ、ほおずき市

　すごいなあ、というのが紗雪幽の受けた第一印象だ。
　寝子島神社の境内に、露店が整然と並んでいる。
　早朝に設営していた頃にはさほどでもなかったが、気がつけば参詣道の両脇にずらりと、ひしめくように店が軒を連ねているのだ。
　ただ賑やかなだけなら普通の夏祭りだろう。
　しかし今日は違う。いずれの店にも、所狭しとかざられているのはほおずきだ。植物のほおずきだけに限っても、鉢植えのもの、枝売りのもの、たけひごにひとつだけぶら下げたものと多種多様、それに限らず風鈴やら造花やらキーホルダーやら、いずれもほおずき、ほおずきづくしの赤い賑わい。
「おっと、見とれてる場合じゃないか」
　幽は黒い浴衣の襟を直し、背筋をまっすぐ伸ばすのである。
「お姉さんお兄さんほおずきいかがっすか～？」
　元気に呼びかける。そう、本日幽は、屋台の売り子に挑戦しているのだ。

　しかし右も左も正面の店も、同じコンセプトの店だからなかなか目立てない。足を止めるお客さんもほとんどいない。
「うーん……」
　ちょっと奥まった場所にあって幽の屋台はいささか不利だ。まさかバイト代がもらえないということはあるまいが、売り上げがささやかだったとしたら、せっかく雇ってくれた店主のじいさん（腰を悪くして店に立てないという）に申し訳がないではないか。
　ええい、ポジショニングの弱さは愛想でカバーだ。
「どうですか、そちらのお姉さんもほおずき？　浴衣にもよく合うと思いますよー。いやあ、お綺麗だ。ほおずきが似合いそうな美人っすねー！」
　手までぱんぱんと叩いて、威勢良く声を張り上げるのである。
　さっそく足を止めた少女がいた。
「お、うちの前で足を止めるなんてお目が高い！　おひとついかがっすかー？」
　振り向いたのは誰あろう御巫時子ではないか。
「あ、時子先輩」
「幽さん」
　色々なアルバイト先の先輩だ。見知った顔が嬉しくて饒舌になる。
「奇遇っすね。俺？　今日はここでバイトっす。もち、ほおずき売りはじめてっすよ。ほおずきって面白い形してますよね－。他に似た植物、見たことないですし……むしろ提灯っぽい感じ？」
　そうですね、と短くこたえて時子は視線をさまよわせた。なにか、心ここにあらずといった印象だ。
　どうかしたっすか？　と言いかけたところで幽は意外な人の姿を見る。
　――あれは、化学の先生？
　化学教師の五十嵐尚輝ではないか、「ここにいましたか」と時子を追ってくる。別に隠れる必要もないはずだが、幽は店のカウンター裏に身を隠した。
「意外なほど人が多くて……迷ってしまいそうですね」
　と五十嵐先生は時子に話しかけている。
　もしかして化学の先生とデート……？　時子先輩も隅に置けないっすねえ――と言いかけた幽だがそれは言わずにおく。
　しかし見当違いだったかもしれない。
　わっ、と声を上げたくなるような華やいだ雰囲気の女性が、「時子ちゃん」と呼ばわりながら時子と五十嵐先生に合流したからだ。
　幽に目をやり軽く会釈して時子は去る。五十嵐先生と赤毛の女性も一緒だ。
　うーん、三人はどういう関係なんだろう。
　幽は見送るしかなかった。