赤い実鳴らそ、ほおずき市｜リアクション

赤い実鳴らそ、ほおずき市

　ちりりんと鳴るほおずきの音、それはとっても魅力的だけど、負けず涼しく魅力的なのは、カラコロと鳴る下駄の音、浴衣にあわせた下駄の音。
「ふっふー」
　思わず笑みがこぼれてしまう。
　だって、今日は浴衣でデートなのだから。
　毎年恒例のほおずき市なのだけれど、壬生由貴奈が参加するのははじめてなのだ。
　着物はそこそこ着ることあるけど、と由貴奈は思う。
　浴衣は実はそんなにないんだよねぇ――。
　だから浴衣で外出のこの機会を、しっかり過ごせるそのことが嬉しい。
　でも由貴奈にとって一番嬉しいのは……。
「はーいうーちゃんやっほぉ」
　袖がまくれるにかまわず、由貴奈は健康的な腕をさらして大きく振った。
　下駄のカラコロが近づいてくる。
　いや、由貴奈とは歩調が違うから、カランコロンという風に、音も少し異なっている。早足で近づいてくる。

　いくら時間に余裕があったとしても、
　時計の長針が、あと三分の一周は前倒しだったとしても、
　それでも気が急（せ）く。急いてしまう。
　まあしょーがねえよな――卯木衛は口元に浮かぶときめきを抑えられない。
　なんたって今日は、由貴奈さんとのデートの日なんだから！
　彼女の声を聞きたい。一秒でも半秒でも早く聞きたい。
　浴衣の合わせ目に風が入り込む。ほんの少し、涼しい風が。
　だけど衛の心はまるで、真っ赤にたぎる溶鉱炉。そんなささやかな風なんて、焼け石に水どころじゃないのだ。
　神社の鳥居が見えたとたん、浴衣を着た由貴奈の姿も見えた。
「はーいうーちゃんやっほぉ」
　このとき――衛の魂は空へ羽ばたいていった。
「集合時間には余裕で間に合ってるよぉ」
　やさしい言葉。だけどこのとき、衛に由貴奈の言葉を味わっている余裕はない。
　何回見ても浴衣姿が新鮮に感じるのはなんだろうな～。
　溶鉱炉な気持ちが、ハートから顔へと上がっていく。
　由貴奈が浴衣に袖通した姿を見るのは、衛にとって初めての経験ではない。何度も観た映画、あるいは美術の教科書に載っているポートレイトのように、記憶に焼き付いている姿である。
　それでも心が躍るのは、やっぱり美しいからだろう。
　――由貴奈さんがキレイなのは天井知らずってことか……。
　くっ……おそろしい、とすら思ってしまう。こんなおそろしさならいつだって歓迎だけど。
　そんな想いで衛は頭がいっぱいで、翼の生えた魂は戻ってこない。
　立ち尽くす彼の目を、ついっと由貴奈はのぞき込む。
「……んん？　どーしたの考え込んで」
　わ！　衛の目に光が戻った。
「なな、なんでもないです！」
「なんでもないならいいけど」
　考え込んでたのをごまかすべく、尻尾を振って衛は告げる。
「由貴奈さんやっぱ浴衣似合うなって思って！」
「ふふー、ありがとうねぇ。うーちゃんの浴衣もよく似合ってるよぉ」
　由貴奈さんの足元にもおよばないですよ、と衛は照れたように手を振って、
「今日は浴衣だから、ゆっくりまわりましょう」
　と下ろしたその手で、しっかりと由貴奈の手を握ったのである。