赤い実鳴らそ、ほおずき市｜リアクション

赤い実鳴らそ、ほおずき市

　ラン科の植物のようにすっくと立つ。
　柏村文也は、弥逢遊琳の露店の前に足を止めていた。
　いずれも綺麗な品ばかりだが、とりわけちりめん細工に目を奪われたのだ。
「お好きなんですか、ちりめん細工？」
　売り子に声をかけられて、うん、と文也はうなずいた。
「一部生地はリユース品なんですけどね」
　むしろそれがいい、と文也は言う。
「ぼくも反物の端切れで裁縫するのは好きだから……ちりめん細工にはとても興味があるんだ」
　君が作ったの？　と問うと、売り子の遊琳は「はい」とこたえる。
「どれもいい仕事をしているね、飾りすぎないところがまたいい」
「ありがとうございます」
　睡眠時間を削った甲斐があったようだ。遊琳はほんのりと照れくさく思った。
　彼と会話をかわしつつ文也は、フック型の栞、そのひとつを手にとってつくづくと眺めた。無地で朱いちりめん細工が、ぷらりと揺れる姿が奥ゆかしい。
　気に入った。とても。
「このブックマークをいただこうかな」
　お金を払って受け取る。
　……あ、そうだ。
　ふと思いついて、文也は持参の信玄袋に手を入れた。

「小生がほおずき柄の反物で作ったブックカバーをあげよう」
　趣味で作っていたものなんだけどね、と付け加える。
「売り子さんに似合うかなと思って」
　えっ、と遊琳は頬を薄く染めた。少女のような可憐な容姿をしている。
　ありがとうございます、と両手で遊琳はカバーを受け取った。
　せっかくだから、と文也は名刺も差し出す。
「で、ぜひ今度吾輩の店にくるといい。いい古書揃えて待っているよ」
「ええ、一度お邪魔します」
　遊琳の言葉を受け、文也は悠然とその場を去るのだった。　
　さて、約束通りあのお兄さんの店に戻るとしよう。
　ほおずき、買って帰らないとね。

◆　◆　◆

　鴻上彰尋は、本殿から参道を眺めている。
　これだけたくさん露店があるんだ。
　そんなことを考える。
　だったら、店に足を止めること自体がちょっとした作業だ。
　祭の会場で店を選ぼうというだけでも選択肢がこれほどあるのだから、ことが自分の将来……進路選択ととなると、迷いが多くなるのも当然だろう。
　進路について、悩んでいると七夜あおいから聞いた。
　けれど単純だったり、雑だったりするアドバイスはしたくない、というのが彰尋の考えだ。
　――彼女の悩みはとても大切なもので、けれども自分で出さなきゃいけない答えだと思うんだ。
　でも、それはそれはすごく素敵なことだとも考えている。
　それに、たくさんのものや人に触れて、きっとこれだ！　って見つかった夢や将来に、彼女は一生懸命目指せる人だって信じてもいる。
　だから、気休めかもしれないけれど――。
　彰尋はもう一度、買ったばかりの組紐ブレスレットを眺めた。
　あおいにこのブレスレットをあげたい。お守りのような意味を込めて。
　鬼灯と書いて『ほおずき』だ。
　悩んで道を見失ったときには、このあかりが足下を照らして迷いから抜けだせるように。そんな想いを込めて。
　そして、と、花言葉に重ねて想う。
　なにかあれば『私を誘ってください』……なんてね。
　我ながら都合のよい考えかもしれない。彰尋は少々苦笑してしまった。
　でも、相談されたら話を聞くし、意見を聞かれればこういう想いは伝えたいと、彰尋が考えているのは事実だ。
　そんな日が来るだろうか。
　あおいが彰尋を頼って、胸の内を打ち明ける日が。
　来たとして、自分は迷わずに受け止めきれるだろうか。
　適切に対応できるだろうか。
　できると信じたい。
　ディップアート製の赤い実が揺れている。なかば透けた赤に、夏の空が映り込んでいる。

　この日、彰尋があおいに逢うことはかなわなかった。
　実のところふたりは、かなり近い距離でニアミスをしていたのである。
　しかし彰尋の手には記憶とともに、組紐ブレスレットが残されている。
　いつか渡す日がくるはずだ。あおいに。