赤い実鳴らそ、ほおずき市｜リアクション

赤い実鳴らそ、ほおずき市

　八神修と七夜あおいが一緒に歩いているのは、まったくの偶然によるものだった。
　市の見物のため家を出た修が、運良くあおいを見かけたのだ。
「ちょうど私も、ちょっと市のぞいていこうかと思ってて。ほおずき市」
「だったら話は早い」
　まるで最初からそこが指定場所であったかのように、修はあおいの隣に立った。
「行こう。夏のそぞろ歩きというのも悪くない」
　あおいは軽くうなずいた。
「そういえば、浴衣……じゃないんだな」
　修はぽつりと言った。修は浴衣姿なのにあおいのほうは、いつか見た桃色の浴衣ではなかった。ネイビーというよりは紺色に近いブラウス姿だった。修が少し落胆したのは事実だが、『がっかりだ』なんて口にして、彼女を傷つけるような愚は避けている。
「うん、なんとなくね。変だった？」
「まさか。涼しげでいい」
「ありがとう」
　あおいはほのかに微笑した。
　修の心の中は、ぽかぽかと暖かい。
「季節物として部屋にひとつ、何かほしいかな」
「ほおずきを？」
「もちろん。あおいは何か探してるのかな」
「そうだね」
　特にこれといったものはないかな、とあおいは言う。祭りの雰囲気を味わう、それで十分なのだと。
　しばらく、そぞろ歩きは続いた。
　ほおずき売りをのぞいたり、可愛い風鈴選んでみたり、
「知ってるか？　日本ではあまりほおずきは食べられないが、ヨーロッパでは古くから食用とされているということだ。地域によっては、トマトよりも歴史が古い果実らしい」
「すごい。よく知ってるね」
　修くんにはいつも驚かされるよ、と、あおいはため息交じりに言った。
「自分の無知を思い知らされるって感じ」
「それは過小評価だ」
　あおいは俺のこと、何でも知ってるだろう――？
　そう告げたい衝動に駆られつつも修は思いとどまった。距離を詰めようとする会話を、意識的にしろ無意識的にしろあおいが避けていることは理解していたから。
　ある露店の店頭で、ほおずき花のアクセサリーを眺めながら修は言った。
「そういえば、ほおずきの花言葉って知ってるか？」
「なんとなく、聞いたことくらいは」
「『ごまかし』とか『欺瞞』……逆に『安らぎ』ってのもあるらしいな。意外なのは『私を誘惑して』かな。色々あって、贈られてもどの言葉か分からないっていうね」
　修は意味深に笑う。そして、
「俺がもらったらどう解釈するか、って？　『私を誘惑して』かな」
　と告げ、悪戯っぽくアクセサリーを胸に飾るようなポーズを取るのだった。
「だいたい見て回ったね」
　歩き疲れたよとあおいは告げた。少し顔色が白い。いつも元気な彼女にしては珍しく、熱気と混雑で消耗した様子だ。暑気あたりのようなものだろうか。
「そろそろ帰ろうかなあ」
「大丈夫か？　無理はしないほうがいい」
　実際にそうしたわけではないが、あおいの手首をつかむような気持ちで修は呼びかける。
「ほら、屋台があるじゃないか。疲れたのなら休憩していこうか」
「でも」
「……この後、人に会う予定でもあるのか？」
「特にないけど」
　だったら、と修は笑みかける。
「ほら、茶屋みたいなものがある。ほおずきの実が食べられるところもありそうだ。アイスの屋台もあるじゃないか。ほおずきアイスがあればいいのだが。おっとあれはなんだ……インドカレー？　なぜインドカレーが？」
　いささかひょうげた口調もまじえ一生懸命な口調で告げると、熱意が伝わったのかあおいはうなずいた。
「じゃあ私、お茶屋さんがいいな」
「そう来なくっちゃ」
　ほおずき色の布が敷かれた畳座に、向かい合って腰掛ける。