赤い実鳴らそ、ほおずき市｜リアクション

赤い実鳴らそ、ほおずき市

　賑わう神社を散策しながら、伊賀解理はぽつりと告げた。
「実は……僕、ほおずきに興味なかったんですよね。だから縁起物と今知ったところなんです」
「そう？」
　貴子は訊き返して、眼鏡の位置を直した。
「だって見た目ただの枯れた実にしか見えないし……だからこういう催しがあるのも知らなかったくらいです。もしかして、この時期の寝子島ではポピュラーな催しなんでしょうか、ほおずき市って」
　さあねえ、と北風貴子は小首をかしげた。
「前からあるにはあったけど、前はずっと小規模だった印象ね。これくらい大々的になってきたのは、つい最近って感じかも」
　ほら、と苦笑気味に貴子は言う。
「最近寝子島はやたらと観光に力を入れるようになったから」
　もともとお祭り好きの島民気質がここ数年、とりわけ昨年くらいから顕著になってきたというイメージらしい。
　なるほど、と解理はうなずいて話題を変える。
「ところで、貴子さんはおずきについてどこまで知ってます？」
「そんなに知らないよ？」
「いいえスーパーインテリジェントな貴子さんです、少なくとも僕よりは詳しいはずですよ！」
　なぜか解理はガッツポーズして見せた。『スーパーインテリジェント』、いま突然思いついた言葉だが、貴子にぴったりな気がした。ついでに『スーパービューティ』とも言いたいくらいだ。
「誰がスーパーインテリジェントよ」
　と貴子は苦笑して、
「ええと、漢字で『オニのトモシビ（鬼灯）』とか『オニのダイダイ（鬼燈）』とか書いたりするそうね」
「鬼（オウガ）がDIE！ DIE！ですか！　さすが！」
「それいまわざと聞き違えたでしょ。あとは花言葉が、『偽り』とか『ごまかし』とか……これ待ち合わせのときに読んでたパンフレットの受け売りだけどね」
「へえー、縁起物にそんな花言葉がついてるなんておかしな話ですねえ」
　だとしたら、ある意味僕にお似合いだ――解理は思った。
　貴子さんは知らないだろう。
　僕がもれいびで、色んな事件や奇妙な出来事に関わってきたということを。
　――もし貴子さんに言ったら。
　そんな事を考えたことは一度や二度ではなかった。
　作り話と一笑してくれればそれまでだが、もし信じたとしたら。
　貴子さんのことだ、今までみたいに巻き込まれてじゃなく、自分から危険なことに首を突っ込みかねない。
　それは嫌だ。
　貴子さんを危機に晒すのだけは絶対に嫌だ。
　だったら僕はほおずきのように、貴子さんには何も知らないままでいてもらいたい。
　そうして『普通』の日常で幸せに過ごしてもらうんだ。
　そのためなら、僕はなんだってやってやる――。
「どうしたの？　急に黙って」
　お腹でも痛いの？　と貴子は訊いた。
　それくらい怖い顔をしていたのだろう。解理は急いで笑顔に戻る。
「な、なんでもないです。買おうかなと思って、ほおずき。でも鉢植えと切ったやつとどっちにしようかなーとか迷って」
「そう？　じゃあ見てみましょうよ。ほら、あの辺で売ってるみたいよ」
　安心したのか、屋台を目指し貴子は足早に歩き出す。
「あー、待ってくださいよー」
　その背を解理は追った。
　胸の中で誓った言葉を、けっして表に出さぬようにして。