赤い実鳴らそ、ほおずき市｜リアクション

赤い実鳴らそ、ほおずき市

　買い物帰りに神社に寄ったのは、単に気が向いたからだろうか、それとも何か、満たせぬものを満たそうとしたためだろうか。
　鴻上彰尋は黒いトートバッグを肩に提げ、綿の白シャツ姿で参道の賑わい、その真ん中に立っている。
　目を惹く色彩はほおずきの実の赤、それと葉の緑。
　生命の香りがするように思う。
　思っていた以上に、盛況だな。
　早回しのビデオみたいなたくさんの人とすれちがい、ざわめきを潮騒のように聴きながら彰尋は歩を進めた。
　浴衣姿が目の前を横切る。鉢植えのほおずきを、大切そうに抱える人影を追い越す。
　目当ての店があるわけでもないし、誰かと約束があるわけでもない。
露店を眺めているだけでも楽しい。けれどせっかくだから、居間に飾れるものを買っていこうかなと思った。
　一輪挿しにできるものでも、あればいいのだけれど。
　と何の気なしに目を向けた方向に、彰尋は弥逢遊琳の姿を認めた。
　派手ではない。ひっそりと咲く花のようなたたずまいの露店だった。自作品を販売しているのである。折りたたみ式の腰掛けに遊琳は腰掛け、組んだ膝の上に肘をついていた。目が半開きだ。
「弥逢先輩」
　近づくと遊琳は、はっとしたように面を上げる。
「……あ、ごめん。少し、うとうとしていたかも……」
　いらっしゃい、と遊琳は笑みを浮かべた。
「見ていってよ」
「これ全部、先輩が？」
　遊琳はうなずくと、全部ほおずきがモチーフである旨も言い加えた。
「色で遊んでる暇がなくて、どれもそれらしい色味でしか作れなかったのが少し残念かな」
「十分ですよ。どれも素敵です」
　ありがとう、と遊琳はハンドメイドの品を紹介する。栞以外には小さなサービス品もつけることも伝えた。
「じゃあ、これをいただきます」
　彰尋が選んだのは、ディップアート製のほおずきがついた組紐ブレスレットだった。驚くほど安い代金を手渡す。
　サービス品のビーズは蒼いのをつけてもらった。
　目の覚めるような蒼。ラピスラズリの色のよう。
　――これを、お守りとして渡したいな。
　七夜あおいに。

◆　◆　◆

　卯木衛は壬生由貴奈の手を握っている。
　由貴奈も衛の手を握っている。
　距離も近い。
　互いの鼓動が伝わるくらい。
　互いの息づかいすら感じられるくらい。

　神社の敷地内は、橙に赤でいっぱいだ。鬼灯（ほおずき）の実であふれているのだ。屋台でほおずきそのものが売られている。鉢に飾られているものもある。食べ物や射的の屋台にだって、赤くて丸いほおずきが、ゆらりゆらりと揺れていた。
「うわーこんだけ鬼灯があるとなんか圧巻ですねえー」
　並ぶ橙色にキョロキョロと、衛は小動物めいた動きで首を振る。
「おー、ほんとだ。沢山並んでるねぇ……スタンダードな鉢植えに、手折りの枝に、たけひご……あっ、風鈴なんかはいいねぇ」
　衛は由貴奈の視線を追った。彼女が指さしたその先に、ちょこんと控えめに、けれど凜と涼やかに、ほおずきの風鈴飾りが売られている。
「おぉ風鈴がついてるのなんかあるんですね。はー夏！！！　ってカンジ」
　嬉しくなってしまう。
　夏だ。
　いまは夏だ。
　由貴奈さんと過ごしている夏――。
　その事実だけで嬉しい。
　いつかこの夏の一コマも、記憶に変わってしまうのだろうか。
　だけど美しい思い出としてとっておきたい。心の記憶容量に置いておきたい。
　そうはっきりと言語化したわけではないけれど、衛はそんな風に感じていた。
「植物だと育てられるかわかんないけど……風鈴だったらちょうど季節だしいいよなぁ」
　ふとつぶやくと、ちょうどいいアイデアのように思えた。
　だから即、提案した。
「それっぽい風鈴見てみますか！」
　由貴奈は目を細める。
「お盆も近いし、風鈴で涼しげにもなるしでピッタリだねぇ」
　由貴奈にとっても、ちょうどいいアイデアだった。