夏休み１日前！｜リアクション

夏休み１日前！

○放課後の新体操

　中学三年生の篠原翠響は、要領がいい。
　前日までに使わない荷物類はすべて自宅にお持ち帰りしていた。
　だから終業式でも帰りは楽だったりする。
　学校を終えると、翠響はそのままシーサイドタウンのマンションの自宅ではなく、寝子島スポーツセンターへと足を向ける。
　今日は新体操のレッスンの日。
　暑い町中から冷房の効いたセンター内に入り、ほっと一息つく。
　だが涼んでのんびりしている暇はない。

「こんにちは」
「こんにちは、篠原さん」　
　コーチや仲間に挨拶し、更衣室で汗を拭いて着替えて練習場へ入った。
「暑いよね～」
　仲間の一人が言った。
　開始時間には早いので、夏休み気分の仲間は、おしゃべりをしていて体を動かしていなかったりする。
　しかし翠響は、最初から気合が入っていた。
　ストレッチをしっかりこなし、体をほぐす。
　来月中旬に迫った横浜で開かれる関東ジュニアの大会に向けて、今は追い込み期間だ。
　前回個人総合２位だったのがよほど癪だったのか、練習にも力が入る。
　流れるような動きと共にポニーテールが揺れる。
　エアコンの効いた屋内でも少し動けば汗が噴き出る。
　だが流れる汗を厭うことなく、翠響は指の先までしっかりと神経を使い、最高の演技を目指す。
　それでいて優雅な笑みを崩すことはない。
「やはり篠原さん、変わったな」
　そんな翠響を見て、コーチや仲間はそう思い始めている。
　というのも、翠響は天才肌──何をやらせてもすぐに自分のモノにしてしまうタイプだった。
　どんなに難易度の高い技でもすぐにマスターして、しかもスマートに決めてしまう。
　新体操に限らず、勉強でもそれ以外のことでもそうなのだ。
　才能に恵まれた彼女がそれゆえに自身の才能を過信して、努力軽視の癖がついたのも当然と言えよう。
　だが今、確実に翠響は努力していた。

（なんであたし、こんなに一生懸命になってるんだろ）
　やはり進路相談の時に藤倉先生に言われたことが引っかかっているのだろうか。
『挫折経験がないと、いずれ才能だけではどうにもならない壁にぶつかったら、反動で心が折れてしまうかもしれない』
　あのとき反発した先生の言葉が、なぜか今も耳に残っている。
（自分でもよくわからないけど……でも、今はただ、大会に備えてやれることをやるだけ）
　見事な演技を終えた翠響に、見惚れていた皆は思わず拍手を送るのだった。

このページにイラストを設定する