新月の夜に～熱々おでんと、もう会えない筈のあの人と～｜リアクション

新月の夜に～熱々おでんと、もう会えない筈のあの人と～

「熱々おでんでちゅー！！！」
　ズコット・リッピンコットが椅子から身を乗り出せば、白のツインテールが、ぴょこんと揺れる。
　ここは、おでん屋『星灯亭』のカウンター席。
　カウンターの向こうでは、目移りするほど沢山のおでんの具が、出汁の中でふつふつと踊っている。
「しかも、あれもこれもたべほうだいでちゅ！！　嬉しいでちゅ！！　いっぱい食べまくるでちゅ！！」
　あっちも、こっちのもと注文したところで、ズコットは「あっ、」と気付いた。
　隣の席に座る、ふわりと白いロングヘアのお姉さん。
　年の頃は２０歳ほどのその人の飲んでいる、美味しそうなものはなんだろう？
「お姉さんの飲んでるそれなんでちゅか？　ジュースでちゅか？」
「これ？　これはね、お酒なの」
「お酒でちゅかー！！！　お酒はずーちゃん飲めないでちゅー！！！」
　何だかとっても悔しい！　あんなに良い匂いがしているのに……あれ？
「お姉さん、なんだかずーちゃんと同じ匂いがするでちゅ。もしかしてうさぎでちゅか？」
　おでん出汁とお酒が香る向こうで、懐かしいような匂いがした。
　お姉さんは、赤の双眸を穏やかに和らげて、
「そう。私もね、うさぎなのよ」
「わーい、うさぎ仲間でちゅね！！　……あっ、おでんでちゅ！！　届いたでちゅ！！」
　大根、餅巾着、がんもどきに熱々こんにゃくetc……どれもこれもとびきり美味しそうだ。
「お姉さんには、うさぎ仲間のよしみでこの大根をあげるでちゅ！！」
「あらあら、ありがとう。とっても嬉しいわ」
　お姉さんは殊更ににこにことして、言葉通り嬉しそうに大根を頬張った。
　それから、ちょこりと首を傾けて、ズコットに尋ねる。
「もう遅い時間だけど、大丈夫？　あなたみたいな小さな子が、夜にひとりでおでんだなんて……」
「もぐもぐ……ずーちゃんは強いうさぎだから、大丈夫なんでちゅ！！」
　おでんを口に楽しむ合間に応じるも、お姉さんはまだ浮かない顔。
　お姉さんが本当に本当に心配そうにしているから、ズコットはがんもどきを食べる手を止めて、
「何かあったらみんなが助けてくれるでちゅ！！」
「みんな？」
「みんなはみんなでちゅよ！！」
　『十二支団』の仲間の顔を思い浮かべて、ズコットは胸を張って言った。
「みんなは良い奴等でちゅ！！　ずーちゃんと遊んでくれるでちゅ！！」
「そう。そうなの。あなたはきっと、そのみんなのことが大好きなのね」
「でちゅ！！　楽しく暮らしているでちゅよ！！」
　お姉さん――実は、ズコットのお母さんだ――は、ほっとしたように微笑んだ。
　ズコットは、自身の過去を失くしている。
　だからズコットには、目の前の人がお母さんだとはわからないのだけれど、
「……あなたが素敵な人達に囲まれてるみたいで、お姉さん、安心したわ」
　という具合で、お母さんは、自身の正体を明かす気はないのだった。
　全てを語る代わりに、熱々のおでんを、はふはふと口に運ぶお母さん。
　ズコットはと言うと、『みんな』のことを褒められて上機嫌だ。
「お姉さん、わかってるでちゅね！！　みんなのこと、こんどお姉さんにも紹介してあげるでちゅ！！」
　特別でちゅよ！！　とズコットが言うのに、お母さんは淡く口元を緩めてみせる。
「……さっきの大根のお礼に、ジュース、頼んであげるわね。どれがいいかしら？」
「わ、本当でちゅか！？！」