ボディタッチ日和｜リアクション

ボディタッチ日和

　御巫時子はいつものように理科室の主、五十嵐尚輝先生を訪問中であった。
　先生はビーカーコーヒーが当たり前で、時子もすっかりそれに馴れてしまっていた。
　ビーカーを両手で包むようにもって濃い褐色の液体を飲みながらお話していると、急に先生に触れたいという衝動が湧き上がってくる。
（……どうしましょう）
　時子は自分の衝動に戸惑った。
（ぎゅってしたくなりました）
　この前のことを思い出してドキドキしてくる。それと同時に、また衝動に任せてぎゅっとしてしまって、変に思われないかも気がかりだ。
（でも……）
　時子はそっと先生を見る。
　ぎゅってしたくてうずうずする気持ちを押さえられない。
　時子は思い切って、座っている椅子を先生の横に移動させてくっつけた。
　ぴたっと腕と腕が触れると、そこからじんわり幸せが広がっていくような感じがする。
「どうしました？」
　先生がそう問いかけるのと、時子が先生の長い前髪の向こうにある瞳を見つめるのは同時だった。
「先生、ぎゅってしても良いですか……？」
「え？」
　自分の問いかけに思いがけない答えを返され、戸惑う一瞬の間にもう、時子はただ自然に、先生の体を白衣ごと抱きしめていた。
「み、御巫さん？」
　泡を食ったような先生の声。
　コーヒーと薬品の混じった匂いは、大好きな、先生の香りだ。
　無性にそうしたくて。自然と抱きしめてしまったけれど。
　先生はどう思ったろう、とはたと思う。
　どんな反応をするのか怖くてちらっと顔を上げてみると、先生はただただ戸惑った様子で。
「え、ええと」
　と抱きしめ返すことも押し返すこともできず、手を空でアワアワさせている。
　びっくりしているけれど、嫌がられてはいないみたい。
　そう感じ取ってほっとする。
「もっと触れてもいいですか……？」
　押し返されないのをいいことに、時子は先生の心臓のあたりに、ひたと耳を当ててみた。
　とくとくとく、と先生の鼓動が聞こえてくる。
　先生の体温は温かくて、心地よいドキドキに包まれるうち、まるで両親に添い寝してもらっている子どもみたいな気持ちになって、時子は春の陽だまりの中で感じるような眠気を覚えた。
（居心地が良くて動きたくなくなってきますね……）

　そのまま幾分か、うとうとしてしまったような気もする。
　はっとして顔を上げると、先生もこくっと舟を漕いでいた。
「先生、……尚輝先生？」
「は、はいっ」
　びくっと肩を震わせて目を覚ました先生を見て、時子は可笑しいやら申し訳ないやら。
「すみません、急に抱き着いてしまって……」
「は、はあ……驚きました。それなのに、ぜんぜん嫌な気持ちがしなくて……むしろ、すっかり気持ちよくなって眠ってましたね、僕。いったいどうしちゃったんでしょう……」
　先生に神魂の影響とは言えないと思って「きっと夏の暑さのせいです」と言って誤魔化す。
「でも……嬉しかったです……」
　時子は小声でそう言って、ほんのり染めた頬を緩ませ本当に嬉しそうに微笑んだ。

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