ぎゅーっ♪　しちゃおう！｜リアクション

ぎゅーっ♪　しちゃおう！

【マンガ化企画】ぎゅーっ♪　しちゃおう！

　それは、御巫時子がいつものように、理科室を訪れている時だった。
　五十嵐尚輝の仕事を邪魔してはいけないという思いやりと、少しでも長く話していたいという恋心。この相容れない2つの思いを、必死にバランスを取りながら時子は尚輝の前で穏やかな笑顔を見せていたのに。
　神魂が時子の心の蓋を開けてしまう。突然、今まで押さえつけていた身を焦がすような尚輝への想いが、時子の全身を駆け巡った。
（待って、駄目……！）
　時子は胸に手を当て、ぎゅっと目を瞑った。この秘めた想いを溢れさせては絶対にいけない。
　けれどもそんな抗いなど一瞬だった。神の魂は時子のか弱い抵抗など一瞬で蹴散らす。

「尚輝先生……」

　時子は全ての想いを込めて、尚輝を抱きしめていた。

　コーヒーと、微かな薬品の匂いが時子を包んだ。そこに入り交じる尚輝の香り。くらりとする。いつか、夢で尚輝に抱きしめてもらった事があったが、リアルな感触は時子の全てを粉々にした。
「先生……」
　熱に浮かされるように腕に力を込めた。今時子を支配している想いがその後に溢れ落ちなかったのが奇跡だった。
　大好きで大好きで大好きで大好きで。
　愛おしさが溢れて止まらない。自分はこんなに熱い感情を心に留め続けていたのかと、時子は心の隅で驚いていた。
　尚輝の鼓動が時を刻む。そこに自分の鼓動が重なる。ただただ、思っていた。
　大好きです、先生。教師と生徒という壁を壊してくれたこの時間が、永遠に続けばいい。

　けれども神の気紛れな力は触れ合う男女を置いて、静かに通り過ぎていく。残されたのは、教師を抱きしめる女子高生と、抱きしめられる教師。弾かれるように時子が両手を離した。
「す、すみません……」
　首まで赤くなりながら時子が何とか声を絞り出した。
　混乱していた。さっきまでの事が夢のようで、それでもあの溢れる愛しさと、尚輝に包まれる溶けるような安心感は確かに現実のもので。
　自分の信じられないほどの大胆な行動に、心がついていかない。時子の心臓だけがバクバクと破裂しそうなくらいに元気に動き、どんどん彼女を赤くさせていく。あまりの恥ずかしさに、時子はしゅんしゅんと茹だりながら俯いてしまった。

「御巫さん」
　尚輝の声がして、ひゅっと時子の肩がすくんだ。
　―――嫌われて、しまっただろうか。
　恐怖にぎゅっと目を閉じた時だった。
「どこか、具合でも悪いんですか……？」
　そっと額に手が当てられた。顔をあげると、尚輝の厚い前髪の隙間から、心配そうな瞳が覗いていた。
「い、いえ！　大丈夫です」
　時子はお下げを跳ね上げながら首を振る。本当に？　というように尚輝が見つめてくるのでこくこくと頷いた。
　すると。
「そうですか。それは、よかっ……た……」
　はあぁ～～と大きな息を吐いて、尚輝が机に手を置いて俯いてしまったのである。
「せ、先生どうされたんですか？！」
　彼の方が具合が悪くなったのかと思い、時子が覗き込む。肩の力が抜けたまま尚輝が時子に掌を見せた。
「いえ、その……ちょっとびっくりしまして……。流石に僕でも女の子に抱きつかれれば緊張するんですよ」
　顔を上げて尚輝が小さく微笑む。そしてぽりぽりと頭を掻いた。
「何ともないなら良かったですけど、少しゆっくりした方がいいかもしれませんね。コーヒーでもいれましょう」
　くるりと向けられる背中。髪の間から見える耳は、少しだけ赤くなっているような気がした。

　心配をかけてごめんなさい、先生。でも、やっぱり幸せだった。あなたの温かさ。あなたの香り。
　また離れてしまった距離。それを飛び越えられたあの一時を私は忘れない。
　もっと触れていたかったという想いをそっとその胸に隠し。時子は頬を染め、微笑んだ。
「ありがとうございます、尚輝先生」　

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