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【星幽塔】第一階層 ある名もなき冒険譚
【スペクター（３）】
（……シー……）
霊体の声はか細い。骨鎌によって肉体より引きずり出されたベルラ・ガーネブラッディのそれもまた、小虫の羽音のように小さく、遠く聞こえた。
「べ、ベルラ！！ ベルラあッ！！」
シーナ・キュクノスの声も、伸ばした手も、ベルラには届かない。彼は半ば、世の理と層を異にする領域へ引き込まれてしまった。もはやシーナを認識することはないだろう。
（……これで、終わり？ 終わりなの？）
記憶の中で微笑むベルラが、脳裏へと浮かんだ。
故郷を追われ、戦いの果てに流れ流れて、その末に彼と出会った。救われた。以来、彼と過ごした軌跡の全てが宝石のように輝き、シーナの胸を温めている。
シーナの力であり、拠り所だ。彼は、そんな存在だった。想いの丈を伝えてもなお、シーナの感情は歯止めというものを設けず、幸福とともに在った。
それが、失われてしまう？ この瞬間に、こんなにもあっさりと。永遠に？
あのまま大鎌は引き込まれ、彼の霊体は群霊の一部となり、欠けた濡れ死肉を補うのだろう。
足元が全て崩れ去るような、永劫に閉ざされた氷結の洞へと放り込まれるような、
「……ベル、ラ……」
絶望が、シーナを侵食していく。
「グゥルルルッ」
しかし、である。
「諦めルには、ハヤイでゴザル……な！！」
が、と硬質な音が耳を貫き、シーナは蒙昧となった意識を呼び戻した。
三峰 徹之進。音の主は、彼であった。
「我ァァァアアアアアアッ！！」
それは、牙であった。天狼の末裔たる徹之進の剥きだした牙が食い込み、大鎌の動きを、ひいてはそこに囚われたベルラの霊体が取り込まれるのを阻んでいた。
援護は彼に止まらない。
「集中射撃、行くよぉ！」
「了解だ！」
壬生 由貴奈のクラップアローが夜を貫き、八神 修のライフルが放つ光は闇を引き裂く。
やがて大鎌がにわかに砕け散るまで、攻撃の手は止まらなかった。
「機は今……退くでゴザル！！」
大鎌は分かたれ、カンテラを砕かれ、死肉の一部を失い、スペクターは慟哭さながらの低い雄たけびを響かせる。
一時撤退の合図を羽耳に受けながら、シーナは漂うベルラの霊体が、再び肉体へ押し込められるのを見た。
萎縮している暇はない。シーナは思い切り、手を伸ばした。
「やれ……下手を打ったかね。手間をかけて悪かった」
「いいえ。あなたが無事で良かったわ。その子もね」
ティオレ・ユリウェイスが肩をすくめると、ベルラは申し訳なさそうに、それでもくつと笑みを浮かべて見せた。
彼の腕の中には、彼が命をかけても護ったシーナが、すっぽりと収まっている。
「そう泣くな、シー君。永遠の眠りにつくにはまだ早い。やり残した事が多すぎるのさ。何より……おめぇさんを残してはまだ逝けないんでな。そうだろう？」
シーナはただ肩を震わせ、言葉もなくうなずいた。さらりと流れた黒髪を、ベルラは柔らかくなぞる。羽耳へ触れられれば、シーナの肩は再びぴくり、跳ねた。
「さて、どうするね？」
ベルラはシーナを抱いたまま、顎で身を隠した大樹の向こうを示す。
スペクターの大鎌やカンテラは、既に再生している。どこか哀しげな声風を森へ響かせ、探るようなそぶりを見せていた。
「奴さん、まだ諦めちゃあいないようだ。対してこちらは、攻めあぐねてる」
「ああ、それなんだけど……」
ティオレが言いかけたところで、由貴奈と修、徹之進が闇を抜け、合流した。
小さくうなずき合い、ティオレは続ける。
「修。あなたの言ってたのを、多分見つけたわ」
「！ 最初の霊……いわば核霊か」
「ええ」
修の予測の一つだ。あれら霊体には、総てを束ねる存在があるはずだと、彼は目星を付けていた。
ティオレが攻めに加わらず、一歩退き戦いを見据えるに止まっていたのは、スペクターの動きを見切り隙を見い出すと同時に、そんな存在をも看破するために他ならない。
ティオレの腰から、今初めて、短剣が引き抜かれる。魔火の光を帯び、刃はじりと赤熱していた。
「あれを貫くのは、私に任せてもらうわ。盗賊の手管の見せ所、ってね」
「拙者もともにゆこう。おぬしの魂を込めた一刀、我が霊刀にてお膳立てする所存にござるよ」
徹之進の助けもあるならば、もはやティオレに憂いはない。
「シーちゃんは、大丈夫？ いけるかなぁ？」
由貴奈が発したのは彼と出会って５秒で名付けたあだ名であったが、戦いのさなかには似つかわしくない、彼女のいささかに緩い佇まいが、シーナの全身に凝り固まった力を程よく抜いてくれたのも確かだろう。
「……大丈夫、です。行けます！」
もちろん傍らには他ならぬ、ベルラがいるのだ。
頭上を覆う葉叢を抜け、仄かに届く月影の下へと、冒険者らは再び身を晒す。
彷徨う群霊は大仰に振り向き、カンテラを掲げる。蒼い光が瞬く。霧笛が森を揺るがした。
（……シー……）
霊体の声はか細い。骨鎌によって肉体より引きずり出されたベルラ・ガーネブラッディのそれもまた、小虫の羽音のように小さく、遠く聞こえた。
「べ、ベルラ！！ ベルラあッ！！」
シーナ・キュクノスの声も、伸ばした手も、ベルラには届かない。彼は半ば、世の理と層を異にする領域へ引き込まれてしまった。もはやシーナを認識することはないだろう。
（……これで、終わり？ 終わりなの？）
記憶の中で微笑むベルラが、脳裏へと浮かんだ。
故郷を追われ、戦いの果てに流れ流れて、その末に彼と出会った。救われた。以来、彼と過ごした軌跡の全てが宝石のように輝き、シーナの胸を温めている。
シーナの力であり、拠り所だ。彼は、そんな存在だった。想いの丈を伝えてもなお、シーナの感情は歯止めというものを設けず、幸福とともに在った。
それが、失われてしまう？ この瞬間に、こんなにもあっさりと。永遠に？
あのまま大鎌は引き込まれ、彼の霊体は群霊の一部となり、欠けた濡れ死肉を補うのだろう。
足元が全て崩れ去るような、永劫に閉ざされた氷結の洞へと放り込まれるような、
「……ベル、ラ……」
絶望が、シーナを侵食していく。
「グゥルルルッ」
しかし、である。
「諦めルには、ハヤイでゴザル……な！！」
が、と硬質な音が耳を貫き、シーナは蒙昧となった意識を呼び戻した。
三峰 徹之進。音の主は、彼であった。
「我ァァァアアアアアアッ！！」
それは、牙であった。天狼の末裔たる徹之進の剥きだした牙が食い込み、大鎌の動きを、ひいてはそこに囚われたベルラの霊体が取り込まれるのを阻んでいた。
援護は彼に止まらない。
「集中射撃、行くよぉ！」
「了解だ！」
壬生 由貴奈のクラップアローが夜を貫き、八神 修のライフルが放つ光は闇を引き裂く。
やがて大鎌がにわかに砕け散るまで、攻撃の手は止まらなかった。
「機は今……退くでゴザル！！」
大鎌は分かたれ、カンテラを砕かれ、死肉の一部を失い、スペクターは慟哭さながらの低い雄たけびを響かせる。
一時撤退の合図を羽耳に受けながら、シーナは漂うベルラの霊体が、再び肉体へ押し込められるのを見た。
萎縮している暇はない。シーナは思い切り、手を伸ばした。
「やれ……下手を打ったかね。手間をかけて悪かった」
「いいえ。あなたが無事で良かったわ。その子もね」
ティオレ・ユリウェイスが肩をすくめると、ベルラは申し訳なさそうに、それでもくつと笑みを浮かべて見せた。
彼の腕の中には、彼が命をかけても護ったシーナが、すっぽりと収まっている。
「そう泣くな、シー君。永遠の眠りにつくにはまだ早い。やり残した事が多すぎるのさ。何より……おめぇさんを残してはまだ逝けないんでな。そうだろう？」
シーナはただ肩を震わせ、言葉もなくうなずいた。さらりと流れた黒髪を、ベルラは柔らかくなぞる。羽耳へ触れられれば、シーナの肩は再びぴくり、跳ねた。
「さて、どうするね？」
ベルラはシーナを抱いたまま、顎で身を隠した大樹の向こうを示す。
スペクターの大鎌やカンテラは、既に再生している。どこか哀しげな声風を森へ響かせ、探るようなそぶりを見せていた。
「奴さん、まだ諦めちゃあいないようだ。対してこちらは、攻めあぐねてる」
「ああ、それなんだけど……」
ティオレが言いかけたところで、由貴奈と修、徹之進が闇を抜け、合流した。
小さくうなずき合い、ティオレは続ける。
「修。あなたの言ってたのを、多分見つけたわ」
「！ 最初の霊……いわば核霊か」
「ええ」
修の予測の一つだ。あれら霊体には、総てを束ねる存在があるはずだと、彼は目星を付けていた。
ティオレが攻めに加わらず、一歩退き戦いを見据えるに止まっていたのは、スペクターの動きを見切り隙を見い出すと同時に、そんな存在をも看破するために他ならない。
ティオレの腰から、今初めて、短剣が引き抜かれる。魔火の光を帯び、刃はじりと赤熱していた。
「あれを貫くのは、私に任せてもらうわ。盗賊の手管の見せ所、ってね」
「拙者もともにゆこう。おぬしの魂を込めた一刀、我が霊刀にてお膳立てする所存にござるよ」
徹之進の助けもあるならば、もはやティオレに憂いはない。
「シーちゃんは、大丈夫？ いけるかなぁ？」
由貴奈が発したのは彼と出会って５秒で名付けたあだ名であったが、戦いのさなかには似つかわしくない、彼女のいささかに緩い佇まいが、シーナの全身に凝り固まった力を程よく抜いてくれたのも確かだろう。
「……大丈夫、です。行けます！」
もちろん傍らには他ならぬ、ベルラがいるのだ。
頭上を覆う葉叢を抜け、仄かに届く月影の下へと、冒険者らは再び身を晒す。
彷徨う群霊は大仰に振り向き、カンテラを掲げる。蒼い光が瞬く。霧笛が森を揺るがした。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
-
- 2019年01月15日
- 参加申し込みの期限
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- 2019年01月22日 11時00分
- アクション投稿の期限
-
- 2019年01月22日 11時00分
