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【星幽塔】第一階層 ある名もなき冒険譚
これは、ある名もなき冒険譚。すなわち、星幽塔ではありふれた怪物退治の物語に過ぎない。
しかしその登場人物たちは常に自らの命を賭け、危険へと飛び込んでゆく。
詩歌に語られる英雄譚とはならずとも、特別な名の付けられぬクエストにこそ、冒険者たちの魂が光り輝くこともある。
星幽塔とは得てして、そのような場所なのだ。
【スペクター（１）】
「……ちび。どうやらお出ましだぞ」
ベルラ・ガーネブラッディの良く通る声が、今は低く潜められ、鬱蒼とした森へか細くしみ込んでゆく。
シーナ・キュクノスは身をすくませた。樹々の遮る視界の向こう、『それ』がはっきりと見えたからだ。
「師匠……」
「ああ、分かってるさ。あまり気負うな。そう硬くなってちゃあ、いつもの手管も発揮できんぜ」
言葉と共に、大きくあたたかい手がシーナの頭頂を撫ぜる。短い触れあいの後、手を引くついでか、シーナの耳を彩る小羽の先端を、彼の指がするりとなぞっていった。
ぴくり、シーナの肩がかすかに跳ねる。
「っ、大丈夫です。僕だって、強くなりましたから……だから」
見ててくださいね、師匠。
シーナは口を割りかけたそんな言葉を、ふと呑みこんだ。代わりに頬をぽう、と赤く染め上げる。
その場に二人きりであったなら、いくらでも傍らのベルラへ甘えて見せたのだが、あいにくと今はクエストのさなかだ。
「成仏できなかった魂の集合体、といったところか。ランタンの青い炎が眠りに誘うは、温もりを求めてか。はたまた寂しさ故か……」
「だが、情をかけてやるわけにもいかないな。既に被害が出ているのだから」
「ああ。分かってるさ、若いの」
無論のこと、八神 修はベルラや彼に寄り添うシーナの腕前を疑っているわけではない。その証にか、彼は口角をに、と一瞬上げてみせた。
が、すぐにも視線は鋭く森へと投げかけられる。
「あれが群霊、『スペクター』か。ねこよろずへの依頼で聞いたより、幾分か大きいな……」
息を潜め、修はライフルの照準を『それ』の中心へと据える。
この未開発な森は広大で、満足に機能する道標の類が無い。過去、幾人もの人々が樹々の合間に迷い、ある者は餓え、ある者は孤独に狂い、死んでいったという。
そんな哀れな霊魂が時に寄り合い、巨大な群体を構築する。それがスペクターと呼ばれる死霊の集合体だ。
「サイズから逆算しても、十数体の霊魂が集まっているのは確実だ。長期戦になるかもしれないな」
修の懸念は、的中することになる。ベルラやシーナにも、予感はあったことだろう。
苦闘が、始まる。
盗賊として、真贋、虚実、そして瞬間の機を見抜くティオレ・ユリウェイスの瞳が、一本に結ばれる射線を見い出した。
「今よ！ 始めましょう」
「おっけ～」
いささか間延びした返答は、壬生 由貴奈。しかし彼女の構えた得物までも、緩くはない。
メテオ・フロウは星幽塔で一般に見かける弓などとは一線を画する、いわば器械弓だ。リムに滑車、強靭なケーブルによって構成されるその姿は、現代で言うコンパウンドボウに近い。
ストリングに番えた矢もまた、並の一品ではない。クラップ・アローと呼ばれ、複数の金属を縒り合わせることで形作られた矢尻はまるで、鋭いイバラだ。
矢尻の波打つ形状は貫通力と破壊力を増大させる代わり、命中精度に大きなペナルティを負うことになる。由貴奈はその多大な負荷を、星のホイッパーを使い作ったアストラルクッキーを食すことで補った。
すなわち彼女のろっこん、その進化能力が導くが故に、
「うちの放つ矢は、百発百中……ってねぇ」
クラップ・アローは寸分の狂いもなく、スペクターの纏う襤褸のようなローブを貫き、霊体にさえ突き立った。
この世のものとは思えぬ、おぞましい声が轟く。戦闘開始の合図だ。
森には事前に由貴奈が吊るしておいたランタンたちが灯す炎がか細く揺れ、道筋を形作っている。
「悪霊とはいえ、恨みつらみは無い。さりとて放置することはできぬ。三峰 徹之進、推して参る！！」
由貴奈の切り開いた戦端を疾るは、江戸の世から現れたような一人の侍。鬼斬りの武者、徹之進であった。連なるカンテラの灯りをたどるように、彼は駆け出した。
ごぅるるる。その喉首からは、獣がごとき唸りが漏れる。
「拙者の霊刀あらば悪霊とて切り裂けようが、足りぬな。拙者も全てを解放し、全霊をもって臨むでござる！」
瞬間、徹之進の眼光は輝き、爪は短刀めいて伸び、犬歯は牙と化してゆく。
神の化身とも称される『天狼』の末裔たる矜持が、徹之進を高揚させる。
「もハや一切の手加減ハ無用！ 覚悟セヨ！」
大爪が襤褸を引き裂き、雨濡れたかのように湿った肉を抉り取った。
ふと。死霊との戦いを具に見据えながら、ティオレは一人つぶやく。
「死にたくても死ねない……そんな苦しみなら、少しは理解してやれるかもしれないけどね」
不老不死。呪いに苛まれ生きてきた８００余年の生きざまに、ふと目の前の死にぞこないを重ねる。
ティオレは首を振り、
「……確実に仕留める。何のことはない、これも仕事さ」
慎重に。確実に。死なぬとばかり考えなしに動いては、事を仕損じる。冒険者としての矜持を胸に、ティオレはすう、と目を細めた。
しかしその登場人物たちは常に自らの命を賭け、危険へと飛び込んでゆく。
詩歌に語られる英雄譚とはならずとも、特別な名の付けられぬクエストにこそ、冒険者たちの魂が光り輝くこともある。
星幽塔とは得てして、そのような場所なのだ。
【スペクター（１）】
「……ちび。どうやらお出ましだぞ」
ベルラ・ガーネブラッディの良く通る声が、今は低く潜められ、鬱蒼とした森へか細くしみ込んでゆく。
シーナ・キュクノスは身をすくませた。樹々の遮る視界の向こう、『それ』がはっきりと見えたからだ。
「師匠……」
「ああ、分かってるさ。あまり気負うな。そう硬くなってちゃあ、いつもの手管も発揮できんぜ」
言葉と共に、大きくあたたかい手がシーナの頭頂を撫ぜる。短い触れあいの後、手を引くついでか、シーナの耳を彩る小羽の先端を、彼の指がするりとなぞっていった。
ぴくり、シーナの肩がかすかに跳ねる。
「っ、大丈夫です。僕だって、強くなりましたから……だから」
見ててくださいね、師匠。
シーナは口を割りかけたそんな言葉を、ふと呑みこんだ。代わりに頬をぽう、と赤く染め上げる。
その場に二人きりであったなら、いくらでも傍らのベルラへ甘えて見せたのだが、あいにくと今はクエストのさなかだ。
「成仏できなかった魂の集合体、といったところか。ランタンの青い炎が眠りに誘うは、温もりを求めてか。はたまた寂しさ故か……」
「だが、情をかけてやるわけにもいかないな。既に被害が出ているのだから」
「ああ。分かってるさ、若いの」
無論のこと、八神 修はベルラや彼に寄り添うシーナの腕前を疑っているわけではない。その証にか、彼は口角をに、と一瞬上げてみせた。
が、すぐにも視線は鋭く森へと投げかけられる。
「あれが群霊、『スペクター』か。ねこよろずへの依頼で聞いたより、幾分か大きいな……」
息を潜め、修はライフルの照準を『それ』の中心へと据える。
この未開発な森は広大で、満足に機能する道標の類が無い。過去、幾人もの人々が樹々の合間に迷い、ある者は餓え、ある者は孤独に狂い、死んでいったという。
そんな哀れな霊魂が時に寄り合い、巨大な群体を構築する。それがスペクターと呼ばれる死霊の集合体だ。
「サイズから逆算しても、十数体の霊魂が集まっているのは確実だ。長期戦になるかもしれないな」
修の懸念は、的中することになる。ベルラやシーナにも、予感はあったことだろう。
苦闘が、始まる。
盗賊として、真贋、虚実、そして瞬間の機を見抜くティオレ・ユリウェイスの瞳が、一本に結ばれる射線を見い出した。
「今よ！ 始めましょう」
「おっけ～」
いささか間延びした返答は、壬生 由貴奈。しかし彼女の構えた得物までも、緩くはない。
メテオ・フロウは星幽塔で一般に見かける弓などとは一線を画する、いわば器械弓だ。リムに滑車、強靭なケーブルによって構成されるその姿は、現代で言うコンパウンドボウに近い。
ストリングに番えた矢もまた、並の一品ではない。クラップ・アローと呼ばれ、複数の金属を縒り合わせることで形作られた矢尻はまるで、鋭いイバラだ。
矢尻の波打つ形状は貫通力と破壊力を増大させる代わり、命中精度に大きなペナルティを負うことになる。由貴奈はその多大な負荷を、星のホイッパーを使い作ったアストラルクッキーを食すことで補った。
すなわち彼女のろっこん、その進化能力が導くが故に、
「うちの放つ矢は、百発百中……ってねぇ」
クラップ・アローは寸分の狂いもなく、スペクターの纏う襤褸のようなローブを貫き、霊体にさえ突き立った。
この世のものとは思えぬ、おぞましい声が轟く。戦闘開始の合図だ。
森には事前に由貴奈が吊るしておいたランタンたちが灯す炎がか細く揺れ、道筋を形作っている。
「悪霊とはいえ、恨みつらみは無い。さりとて放置することはできぬ。三峰 徹之進、推して参る！！」
由貴奈の切り開いた戦端を疾るは、江戸の世から現れたような一人の侍。鬼斬りの武者、徹之進であった。連なるカンテラの灯りをたどるように、彼は駆け出した。
ごぅるるる。その喉首からは、獣がごとき唸りが漏れる。
「拙者の霊刀あらば悪霊とて切り裂けようが、足りぬな。拙者も全てを解放し、全霊をもって臨むでござる！」
瞬間、徹之進の眼光は輝き、爪は短刀めいて伸び、犬歯は牙と化してゆく。
神の化身とも称される『天狼』の末裔たる矜持が、徹之進を高揚させる。
「もハや一切の手加減ハ無用！ 覚悟セヨ！」
大爪が襤褸を引き裂き、雨濡れたかのように湿った肉を抉り取った。
ふと。死霊との戦いを具に見据えながら、ティオレは一人つぶやく。
「死にたくても死ねない……そんな苦しみなら、少しは理解してやれるかもしれないけどね」
不老不死。呪いに苛まれ生きてきた８００余年の生きざまに、ふと目の前の死にぞこないを重ねる。
ティオレは首を振り、
「……確実に仕留める。何のことはない、これも仕事さ」
慎重に。確実に。死なぬとばかり考えなしに動いては、事を仕損じる。冒険者としての矜持を胸に、ティオレはすう、と目を細めた。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2019年01月15日
- 参加申し込みの期限
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- 2019年01月22日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2019年01月22日 11時00分
