【星幽塔】第一階層　ある名もなき冒険譚｜リアクション

【星幽塔】第一階層　ある名もなき冒険譚

【リンドヴルム（３）】

「まぁーだ飛ぶ気かいな！」
　目測を少々誤ったかもしれない。桃色足子八は蛸の手足を活かし、ついに蛇竜の長大は身体へ触手を絡ませ、吸盤で食い付くに至った……までは良かったが。
「のわっ。無茶すな、あほーーー」
　リンドヴルムに残された片翼へガスが再び充填された時、彼女は瞬時にして遥か上空へと運ばれていた。
「ぬぐぐぐぐ……」
　片翼を失くし、いくらか飛行速度は落ちたものの、猛烈な風圧はすぐさま触手を引き剥がしにかかり、仲間たちの声は遠くなった。
　それでも足子八は、蛸足を蛇竜に絡みつかせたまま、手放そうとはしなかった。
「ふり落とされてたまるかい。たこちゅーちゅーの吸盤で、がっちりホールドや！」
　そのまま尾から胴へと、じわりじわり。足子八は致命の一打を叩き込むべく、伸ばした触手を手繰り蛇竜の身体を移動していく。
　不意に、蛇竜はもたげた鎌首をぐるりと足子八へ向け、牙を剥く。はっとしたその瞬間には、足子八は至近距離から毒液弾を浴びていた。
「っ、ぐ……ゥっ」
　毒は足子八を侵し、瞬く間に蹂躙してゆく。手足は痺れ、苛烈なまでの嘔吐がこみ上げ、視界が暗くなってゆく。
　だが。
「下へ……降りんかいっ。このボケェ！！」
　間合いは既に、足子八の目算へと達していた。
　触手の先端、残る力を全て振り絞り、放つのは魔水の光。恐るべき密度の水流は超高圧のウォーターカッターと化し、蛇竜に残された片翼を切断した。
「こいつはオマケや。うけとりー」
　ついでに眼球へ蛸墨を吐きかけてやると、蛇竜は低く呻き、やがて失墜を始めた。
　毒を真正面から浴びた足子八の四肢は人のそれへと戻り、もはや動かない。蛇竜へしがみつく力はもう残されていなかったが、
「へへん。うちの勝ちやな」
　足子八は目前に迫る湖面を眺めながらに、にかりと笑みを浮かべて見せた。

「落ちた！」
　翼を失った蛇竜は、もはや大空を飛翔することかなわぬだろう。
　決着を着ける時だ。
「毒は任せて！　全部吹ッ飛ばしてやる……！」
　吉住志桜里のマチェーテに纏わせた奔流が、苦し紛れに散布された毒霧を切り裂き、押し流す。
　か、と口腔を開き放たれるブレスには、
「させるかぁぁぁ！！」
　裂帛の気合と共に、ビル壁と見紛うばかりの巨大な水壁を生み出し、直撃を阻む。
　その水壁を両断しながら飛び込むのは、サキリ・デイジーカッター。そして、レグルス・シェルタンだ。
　足子八の無事は確認している。事前に手渡していた賢者石を服用したのだろう、半ば水に沈みながらもピースサインを掲げたのを彼らは見届けていた。
　もはや、後顧の憂いなし。
「……狩る！！」
　サキリは蛇腹剣に魔風の光も宿し、竜巻のごとき連撃を浴びせる。右から一撃、返す刀で左からも一撃。蛇竜はかろうじて立っているといった風情で、接近を阻むべく毒液弾を乱射する。それを一つくぐり抜けては一太刀を加え、一つ飛び越えては上段から一太刀を浴びせる。鱗甲は引き裂かれ、刃は肉へと食い込んだ。
「動きは封じた。トドメといくぜ！」
　レグルスの愛刀イフラーンにも魔風の光を帯びるが、こちらは一刀即断の剛剣だ。蛇竜の繰り出す尾の刺突攻撃は頭を傾けたのみで難なくかわし、
「おおお……ッ！！」
　斬り払う。尾の先端があっさりと宙を舞い、二人の剣士は飛沫を跳ね上げ踏み込む。
　そして。
「これで！」
　蛇腹剣の刃片は手元へ戻り、一本の長剣と化し。
「終わりだ！！」
　曲刀の滑らかな軌道が閃く。
　短距離転移の直後、サキリの剣は蛇竜の芯を穿ち……レグルスの剣はバターを削ぐよりも容易く、蛇頭を刎ね飛ばしていた。
「……勝っ……た」
　志桜里の口から漏れたいささかに気の抜けた声は、さしもの戦士も気力を使い果たしたがためだろうか。
　生気を失った蛇竜の巨体が傾き、湖面へ崩れ落ち派手な飛沫を上げた。
　冒険者たちはここに、見事、竜殺しを成し遂げたのだ。

このページにイラストを設定する