もしものわたし｜リアクション

もしものわたし

　環的子は、寝子島の外で母親と２人暮らしをしている女の子だ。

　アパートの古びた窓から微かに射し込む朝の陽射しが、的子に朝の訪れを伝える。
（……ん、起きなきゃ……）
　ぺたんこになって久しい布団から、もぞもぞと起き上がる。
　いつもの男の子っぽい服に着替えて、お古の黒いランドセルを背負って学校へ。
　それが、的子の毎日、的子にとっての日常だ。

　学校は、同級生からの『色々』を我慢すれば、何とかなる。
　帰り道だって、アパートがある地域は薄暗くて怖いけれど、早く家に帰れば大丈夫。
　だからそんなことよりも、的子の気掛かりは、母のことだった。
（お母さん……病み上がりなのに、もうお仕事かぁ）
　あんまり無理しないでほしいな、と、家路を辿りながら、その人の顔を思い浮かべる。
（今日のお夕飯は、今ある材料で何作ろうかな？）
　おもちゃ屋さんの傍を通りがかったのは、そんなことを考えていた時だった。
　ショーウィンドウに、新しい玩具達が、どこか誇らしげに並んでいる。
（あっ。あれ、ちょっとだけ知ってる。確か、『カプセルギア』って言うんだっけ？）
　学校で流行っているから、自然と、名前が頭に入っていた。それだけだ。
　的子は、玩具には興味がない。けれど。
（……あの人形……）
　何かの拍子に視界に映ったそのカプセルギアは、何故だか、的子の気を引いた。
　試遊コーナーに、何かを諦めたみたいに倒れている１体のカプセルギア。
　何だか気になって仕方がなくて、的子は、意を決して店内に足を踏み入れた。
「あの……」
　店員に、おずおずと声をかける。
「うん？　どうしたのかな？」
「えっと、あのカプセルギアって……」
「ああ、あれか」
　店員は、ちょっとくたびれたみたいな声を出した。
「見た目が悪いから人気がなくてね」
　――試遊品として出してるけど、他の子達のギアの『的』にされて遊ばれてるんだ。
　店員の言葉を、的子は胸の内に繰り返した。
（そっか、ボロボロなわけだ……）
　もう一度、件のカプセルギアを見遣る。
　少しの間、カプセルギアと見つめ合うような形になって――やがて的子は、
「私、買います」
　と、財布から１００円玉を出して、店員に手渡した。

（こういうの、自己満足って言うのかな）
　アパートに帰って、手に取ったカプセルギアと、向かい合う。
　心の内に生まれた問いに、応えるものはない。答えは出ない。
　けれど的子が、このカプセルギアを放っておけなかったのは、確かな事実だった。
（それにこのデザイン、すごくかっこいいもの！　ＳＦ映画に出て来そう！）
　大きくなったらこんな感じかな？　なんて想像すると、胸がふくふくと弾んだ。
　楽しい、という気持ちが、心に、じわりと溢れる。
　的子はカプセルギアを、丁寧に、気持ちを込めて磨いた。
「うん。綺麗になった！」
　見違えるようだ、と思えば、口元も勝手に和らいで。
「私、端末持ってなくてごめんね。まだ、あなたをちゃんと動かしてあげられないんだ」
　ぴかぴかに磨かれたカプセルギアは、じぃと、的子のことを見ているように思える。
　そんなカプセルギアに、的子は、真っ直ぐに誓った。
「私、いつか必ず、あなたの本物の相棒になるから」
　的子の日常は変わらない……はず、だった。
　けれどそこに、少しだけ、変化が生まれた。
　蕾が、柔らかく綻ぶように。
　不意に、パッとあることを思いついて、的子は、淡い水色の瞳をきらきらと煌めかせる。
「そうだ、名前を決めようか！」