もしものわたし｜リアクション

もしものわたし

　志筑かりんには、愛する夫と、１５歳になる可愛い娘がいる。

　旧市街の喫茶店は、志筑家の自宅を兼ねている。
　カラコロとベルが鳴るのと同時に、「ただいま」の声が店内にふわりと広がれば、
「あらみちる、おかえり」
「おかえり」
　と、かりんと、かりんの夫・志筑亮の声が、柔らかに華やぐ。
　夫妻のひとり娘・志筑みちるが、学校から帰ってきたのだ。
「テストどうだった？　今日返ってきたんでしょう？」
　おっとりとした声でかりんが尋ねると、みちるは、
「うん。ほら、見て。お父さんも」
　と、誇らしげに、テーブルの上にテスト用紙をぺらりと広げた。
「あら、今回もいい結果じゃない」
「えへへ、頑張っちゃった」
「さすが、僕らの娘だ」
　かりんの傍らで、亮が、優しく目を細め、朗らかに笑う。
「お父さん。それって、わたしを褒めてくれてるの？　それとも惚気？」
「勿論、両方だよ。みちるは僕の自慢の娘だし、かりんは僕の最高の奥さんだ」
「うふふ、あなたったら」
　夫の言葉を受けて、頬に手を添えて、はにかむように微笑むかりん。
　娘のみちるは「しょうがないなぁ」という顔をしていて、でも、どこか嬉しそうでもあった。
「さ、着替えて手洗ってきなさい。ホットケーキ作ってあげる」
「ほんとに？　やった、お母さんのホットケーキ、大好き！」
　ぱあと表情を輝かせて応じ、みちるは自室のある２階へとぱたぱたと上がっていった。
　その後ろ姿を見送りながら、かりんは思わず、ぽつと漏らす。
「……ふふ、幸せねぇ」
　呟いて――ふと、思った。
　もしも、２人がいなかったら。
　２人に何かあって、自分だけが取り残されてしまったら。
　そんなことになったら、自分はどうなってしまうのだろう？
　背中を、ひやりとした手で撫でられたような気がした。
「かりん、どうしたんだい？　顔色が悪いよ」
　かりんの様子に気付いて、心配の色が滲む声で亮が尋ねる。
　そんな亮へと、かりんは、小さく笑みを作ってみせた。
「何でもないわ、あなた。ごめんなさい」
「何でもないって顔じゃないよ。かりん、僕には全部、話してくれないか？」
　亮は、どこまでも真摯な眼差しをして、かりんを見つめている。
　自分と同い年だとは思えないな、と、頭の端っこの方でかりんは考えた。
　この人の包み込むようなあたたかさに、何度救われたかわからない。
「本当に、大したことじゃないのよ。あなたやみちるがいなかったらって、少し考えてしまっただけ」
「それは……怖かったね」
「ええ。考えただけで恐ろしくて」
　かりん、と、亮が呼んだ。
　その手のひらが、かりんの髪を、慈しむように撫でる。
　触れる温度が、心地良かった。
　不安が、恐怖が。グラスの中の氷みたいに、しっとりと溶けていく。と、
「……お父さん、お母さん。娘がいる前で、いちゃいちゃしすぎだよ」
　いつの間にか着替えて下りてきていたみちるが、ちょっぴり呆れたような声を出した。
「あらあら。ごめんなさい、みちる。ホットケーキ、すぐに作るわね」
「あ、お母さん。わたし、隣で見ててもいい？　わたしも、お母さんみたいに作れるようになりたいなって」
「勿論、構わないわよ。みちるは、料理上手だものね。すぐに作れるようになるわ」
　お母さんに似たんだな、と、亮が口を挟む。
　また惚気だ、と、みちるが花が綻ぶように笑った。
「まあ、いいんだけどね。わたしも大人になったら、お父さんとお母さんみたいになりたいもん」
　２人のように幸せな家庭を築くのが夢なのだと、みちるがふわふわと囀る。
　当のかりんと亮はその言葉に顔を見合わせて――それから、揃って破顔した。
（……起こってもいない不幸についてなんて、考えても仕方ないわね）
　心に、あたたかなものが満ち満ちていく。
（今、こうして幸せなのだから）
　と、かりんは胸にそっと手を当てた。

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あとがき

担当マスター：巴めろ
ファンレターはマスターページから！

お世話になっております、ゲームマスターの巴めろです。
まずは、ご参加くださった皆様、本当にありがとうございました！

普段とは色の違うＰＣ様方の時間に、何だか、どきどきわくわくしてしまいました！
もしもな《平行世界》でのＰＣ様方の日常、とても楽しく執筆させていただきましたので、
ＰＬの皆様にも、お楽しみいただけておりましたら幸せです。

重ねてになりますが、ご参加くださった皆様に心からの感謝を。
この度も、本当にありがとうございました！

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