７月の☆ハッピーバースデー｜リアクション

７月の☆ハッピーバースデー

●７月８日　～遥斗のＢｉｒｔｈｄａｙ～

　親というのは、つくづく不思議なものだ。
　１年も顔を合わせていないのに、すぐに肉親だと分かるんだから。
　優木遥斗は自分の母親を前に、そんなことを考えていた。

　父親からメールが届いたのは、数時間前のことだ。
　メールの内容はそっけなく、待ち合わせの時間と場所だけが淡々と綴られていた。
「そうか、今日は誕生日か……」
　すっかり忘れていたと呟くのも、これが初めてではない。

　今日は彼にとって特別な日。母親と二人きりで食事をする日なのだ。
　１年３６５日、ただ１度きりの日である。

「久しぶり。元気だった？」
「……まあ、それなりに」

　こんなとき、何か気の利いたセリフを言える奴が羨ましい。
　そんな事を思いながら、遥斗は母親とレストランへ向かう。
　遥斗にとって、誕生日と「お母さんとご飯を食べる日」はイコールだった。
　それは小さい頃からそうだったし、今もそうだ。

（母親、か）
　よそ行きの服に窮屈さを覚えながら、遥斗はふと過去を思い返す。
　母が父と離婚したのは、まだ幼かった頃だ。
　ゆえに、母親の記憶はほとんどない。
　必死に記憶を辿れば、何だかそんな人がいたような気もする。

　父は母について何も話さなかったので、あえて聞こうとも思わなかった。
　憎いとか許せないとか、そういう気持ちは特にない。
　遥斗にとって母親とはいないことが当たり前で、親を失ってしまった人に比べれば、年に１日会える自分の幸運に感謝する気持ちすらあった。

　―

「さ、遠慮せず好きなものを食べなさい」
「……どうも。ご馳走になります」

　この辺の挨拶も難しい。
　馴れ馴れしくはできないし、あまり他人行儀なのも良くなさそうだ。
　こんなとき親父はどうしていたんだろうと、ふと思う。

　安すぎず高すぎず、手頃な値段の料理を頼んだ後は、母親との話が始まった。
　いろいろと話しかけてくる母親。聞くよりも食べることに夢中な自分。
　あれはどうか、これはどうかと勧めてくる母親には、今も昔も、
（うるさいな。俺には俺の食べたいものがあるんだ、放っておいてくれ）
　としか思わない。
　この辺り、自分でやれと放り投げる父親の方が遙かに気が楽だ。

「『うるさいな。俺には俺の食べたいものがあるんだ、放っておいてくれ』」
「……！」
「ふふふ。顔に書いてあるわよ」
　ふと、母が愉快そうに笑った。内心を言い当てられ、小さく咳き込む。
「本当にお父さんに似てきたわね」
　どこか懐かしい顔で、母は言う。

　石のような親父の顔を思い浮かべて、遥斗は苦笑を浮かべた。
　寡黙。無骨。愚直――何から何まで父親に似たものだ思う。
（……母さん、寂しかったのかもな）
　再婚相手は、娘の連れ子がいる男性だという。
　仕事も充実して幸せに過ごしている――そんな母の言葉に、遥斗はふとそんなことを思った。

「これ、プレゼント。誕生日おめでとう」
「ありがとう」
　贈り物の腕時計は、測ったようにぴったりだった。
　遥斗は先の言葉が続かず、時を刻む針を眺める。母はそんな息子を見つめて一言、
「少し変わったわね」
「……育ち盛りだから」
　なんと返していいか分からず、遥斗はついそんな事を言ってしまった。
「少し表情が柔らかくなったわ」
「そうかな」
　そしてふと考える。もしかしたら自分は、母に怒っていたのかもしれない……と。
　けれど怒りが無くなったのならば、それはとても良いことのように思えた。

　―

「好きな人ができたの？」
「え！？」
　帰り際、改札で母にそう言われ、遥斗思わず言葉が返せなかった。
（母親って恐ろしい）
　ただただ、そんな思いばかりが沸いてくる。
　来年の特別な日が、ちょっぴり恐ろしく思えた。