【終業式】負けられない！　夏休み前哨戦！！｜リアクション

【終業式】負けられない！　夏休み前哨戦！！

＞その頃、保健室では……（後半）

　――保健室
（あれ？　私は……）
　久保田美和が目を覚ますと、保健室だった。その事に驚くものの、今はとにかく何もしたくなかった。自分の中から何かがいくつも抜け落ちたように、身体に力が入らない。でも、それ以上に占い師の言葉が重くのしかかる。
『今年の夏がラストチャンスよ』
　美和は、ベッドに潜り込んで深いため息を吐いた。
「うぅ……。なんかもう、自分が嫌になっちゃうなぁ」
　涙ぐみながら呟いていると……さらり、と音を立てて仕切りのカーテンが揺れた。どうやら、隣に誰かいるようだ。
「誰か、いるの？」
「……よかったら、話を聞かせてください」
　ほおっておけないから、と声の主が言う。美和はその声で相手が生徒ではないか、と躊躇った。自分は、教師なのだ。弱い部分など簡単には見せられない。
　だが、声の主は包み込むような柔らかな声で言う。
「負い目や悩みなど……少しでも話せば楽になると思いますよ。それに、どんなことを聞いたとしても僕は貴方を嫌いませんし、軽蔑もしません」
　暖かで、優しい声に、美和は涙を堪えるので必死だった。
　少し落ち着いた所で、彼女はぽつぽつと語り始めた。

　――掃除が本当に苦手で、休みの日に１日かけてやってもすぐ元に戻ってしまうの。そこがなかなかモテない原因って言われてちょっと落ち込んで……。でも、この夏にできた恋人なら何でも受け止めてくれるって聞いたから、何が何でもって……おもって、準備を万全にしたかったの。でも、それでも不安があって……

　美和は少しずつではあるが、色々と口に出した。
　それを聞き、声の主は言った。
「本当に苦手なものは苦手なままで仕方がないですし、それを補うほどの別な事を頑張れば良いじゃないですか。　家の掃除だったらプロに頼むって方法もありますし」
「でも、そんな先生、だらしなくていやだよね？　私は、私のそういう部分が……嫌いなのよ」
　美和が不安げに言えば、カーテンが揺れた。どうやら、声の主が首を振ったらしい。
「皆、先生のことが好きですよ。先生も皆のことが好きでしょう？　だったら先生が好きな生徒の皆が好きな先生自身の事、好きになってあげないとね」　
「……いいの、かな……」
　その言葉に、美和は少しだけ心が軽くなったような……気がした。

（半分煙に巻くような理論ですが）
　獅子唐ケンジは内心でそう嘯きつつ、美和の声が少し明るくなった気がして安堵した。これで少しは罪悪感を軽くすることが出来ただろうか？
　だが、次の言葉で、ケンジは身構えた。
「どこのクラスの子かは分からないけれど、ありがとう。おかげで、ちょっと前向きになれそうよ」
（生徒だとバレた？！）
　美和は隣のカーテンを開けるようなことはしていな。だが、正体がバレるのを恐れたケンジはそっとベッドから抜け出し、保健室を出たのだった。
（僕が生徒だとバレたら、話しづらくなると思ったけれど……！）
　彼はそれでも話してくれたことに感謝しつつ、廊下を走っていく。
「！　待ってくださいっ！」
　突然飛び出したケンジを、御巫時子が呼び止めようとしたが彼には聞こえていない。遠ざかるケンジの背中を、時子は心配そうに見送る。
（あの人も、美和先生を心配して傍にいてくれた筈なのです……）
　恥ずかしかったのだろうか、と首を傾げた時子だったが、美和が目覚めた事に気付き、冷やしたお茶のペットボトルを手にベッドへ向かった。
「おはようございます、先生」
「……おはよう」
　美和は、少しだけ恥ずかしそうに、それでいていつもの元気な笑みで答えてくれたのだった。