あの空の向こうに｜リアクション

あの空の向こうに

「ねえ、今何してるの？」

　マリエッタ・ラシュリエには恋人がいる。
　名前は嶋村直之。マリエッタは彼のことを『ナオ』と呼んでいる。１つ年上の25歳。
　彼と出会ったのは２年前、大学の卒業制作で完全に煮詰まった頭をどうにかするべく、気分転換にと１泊２日の小旅行で向かった先の京都でだった。
　新撰組の史跡巡りツアーではぐれ、道に迷って困っていたところで声をかけられた。
　運命の出会いと言えなくもない。
　アメリカから一時帰国中だったナオは当時からボストンの大学に留学中の身で、それは現在も続いている。
　いわゆる遠距離恋愛という間柄。
（そういえばもうあれから２年経つんだ）
　写真立てに入ったナオの写真を見て、ふとそう思ったら、初めて出会ったときのことがあれやこれやと浮かんできて。
　懐かしく思うと同時に、彼の声が聞きたくなった。
　この前の七夕まつりのときの浴衣姿を撮って送ったばかりだけど、文字のやりとりだけでは全然物足りない。
　同じ言葉でも、やっぱり彼に直接言ってほしい。
　理性的、理論的なリケジョっぽくないって思われるかもしれないけど……そういう衝動が沸き起こるから、やっぱりナオは特別なんだと実感するわけで。
　人からは、「遠距離恋愛なんて長続きしないんだから。悲しい思いをするのはマリエッタだよ」って忠告めいたことを言われたけど、案外、距離があるのがかえってよかったのかもしれない。「ケミストリーが合う」というべきか、とにかく私たちの恋愛は、いい感じを保ってると思う。
　ナオのいるボストンとの時差は14時間。今だと……朝の８時くらい？
「……向こうだと日曜日だから、たぶん大丈夫かな……？」
　問題は、まだ寝てるんじゃないかってことだけど、４コール目で取ってくれた。
『もしもし？』
　声も寝起きの声じゃなくて、ひとまずほっとする。
「私。元気？
　ねえ、今何してるの？　え？　朝ごはん？　もう済んだの。早いのね。日曜くらい、ゆっくりしたら？」
　久しぶりに聞くナオの声。スマホを通して聞くと耳元で囁かれているみたいで、だんだんと動悸が早くなって、胸の辺りがほんのりあたたかくなってくる。
　ああ私、ナオのこと、ほんとに好きなんだな……。

　それから２時間ばかり、いろいろなことを話した。今している研究のこととか日常のこと。特にどうということのない話だけれど、もっと声が聞きたくて、電話を切りたくなくて、話を引き延ばした。
　結局、友人と用事があるから出なくちゃいけないと言うナオのために電話を切ることになったのだけど……。
「……力、もらったなあ」
　いつか、このお返しをしなくちゃ。
　彼がまた日本へ戻ってきたときか、私が会いに行ったときか。今はわからないけど。
　私も、彼に力を与える存在になりたい。
　だから。
「またね、ナオ」
　

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