ブリリアントナイトメア～悪魔は残滓の狂乱を弄する～｜リアクション

ブリリアントナイトメア～悪魔は残滓の狂乱を弄する～

★廃遊園地に狂気は佇む（５）

「皆！　シシドウを観覧車の方に誘導してくれ！」
　八神修の怜悧な声に、幾らかの焦燥が混じる。
　ウォルター・B先生を安全な場所に移動させた志波武道と卯木衛は、さっと視線を交わし、互いに頷いた。
　戦闘能力や攻撃パターンの変化はないが、シシドウが安定を欠いているのは、２人も既に察している。
　瓦礫の中から手頃な破片を拾い上げ、武道は、シシドウに向かって投げつけた。
「ほらほら、こっちだぜぃ☆」
　シシドウが、耳障りの悪い叫び声を上げ、武道の方へと殺到せんとする。
　そのままぬうと伸ばされた腕に、今度は、ヨクの背の上から修の放った金属片が直撃した。
　ぐるり、修の方を振り返るシシドウ。
（いいぞ。少しずつ観覧車の方に近付いてる）
　修の口の端に、小さく笑みが浮かんだ。
　今度は衛とカイが、心を一つに、シシドウの周りをアクロバティックに飛び回る。
「どーだ！　捕まえらんねえだろ！」
　猛ってこそいるが、シシドウの動きは、先までと変わらず鈍い。
　悪戯っ子の笑顔を浮かべて相手を翻弄し、衛とカイは、観覧車の残骸を目指して滑るように飛んだ。
　その後ろを、修の声が追いかける。
「短い間でいい！　誰か、シシドウの動きを止めてくれないか！？」
　その叫びを耳に、衛は、自分を乗せて宙を駆けるカイの背を撫で、声を投げた。
「カイくん！　アイツの足、狙えるか！？」
　くるる！　と、任せろとばかりにカイが鳴く。
　その頼もしさは、衛の心を、より一層強くさせるに足るものだ。
（アイツ、腕があんだけ発達してるんだ。たぶん、バランスはよくない……ハズ！）
　衛の瞳の中に、きらりと光が散る。
「よっし！　カイくん、あのずんぐりむっくりの足、掬ってやろうぜ！」
　観覧車の残骸を目前にして、カイは、滑らかに着陸した。
「武道さん！」
「任せて！　キッチリ決めるぜぃ☆」
　武道の投げた破片が、シシドウのどす黒い肌を掠める。
　衛とカイを追っていたシシドウの視線が、瞬間、彼らから逸らされた。
「おお！　我ながらバッチシじゃない？」
　武道が不敵に白い歯を零したその時にはもう、
「武道さん、ありがとうございます！」
　つま先で地面を軽く蹴ってろっこんを発動し、衛は、高く高く跳んでいる。
「ほら、こっちだ！」
　シシドウがのっそりと衛を見上げ、逃げ場のない獲物を仕留めようと腕を伸ばした。
　その不格好な黒い指が、衛を捕らえんとした、その刹那。
　――ドシーーーン！！
　廃遊園地の地面を大きく揺らし、轟音を響かせて。
　シシドウが、仰向けに倒れ込んだ。
　衛が上空からシシドウの気を引いたその隙に、カイが、相手の心許ない足元に体当たりを食らわしたのだ。
「カイくん、やったな！」
　空中を蹴って多段ジャンプを決め、シシドウを跳び越えてくるくると落下する衛。
　その身体を、カイが空中で、ふわりと勢いを殺して受け止めた。
「へへ。ありがと、カイくん！」
　カイが誇らしげに喉を鳴らす中、シシドウが体勢を整える前にと、修は声を張り上げる。
「皆、ヤツと観覧車から離れて！」
　修の呼びかけに、安全圏へと退避する武道に衛、それからカイ。
　仲間達の位置を確認して、修は精神を集中し、観覧車の残骸をかろうじて支える部品の一つを『分解』した。
　たった一つの部品。
　けれどそれは、修の目が確かに見定めた、傾いで軋む観覧車の残骸の最後の要。
　シシドウが身を起こすよりも早くに、形すら失った観覧車だった物が、その上に重く降り注ぐ――。