茜空の向こう側｜リアクション

茜空の向こう側

◆辿る世界と寂しさの記憶

　この場所に迷いこむ前、御剣刀は確かに鈴の音と童唄を耳にした。
　ここは何なのか、それはわからない。
　ただ……何となくではあるが、自身が望めば祖父に会える気もした。
　けれど会う気はない。
　刀はまだ、祖父に胸を張って会えるほど剣士として成長していない。
　自身の事をそう見ている。
　けれど会わずとも良いのだ。
　祖父は刀の剣士としての心と技の中に確かにいる。

（……剣士としての俺が在り続ける限り、祖父は傍に居てくれる）

　だから今は。
　この腕を磨くためにも。
　迷い込んだこの、茜色の先にある場所の謎。
　その真相を突き止めるために。　
　
　＊　＊　

　同じ頃、考え事をしながら家路に付いていた橘千歳は首を傾げていた。
　ふと気づいた時、辺りは知らない場所に変わっていたのだ。
（……今更旧市街で迷った？）
　流石にそんな筈はないのだけれど。
　そのはず、けれど何だか心細くもなってくる。
　人も居ない。
　誰も居ない。
　ただこの光景には見覚えも少し。
　でも、その場所は京都だ。有り得ないと首を振る。
　千歳は七歳まで両親と姉と離れ、親戚筋の神社で育てられていた事が有った。
　自らが双子の妹のほうで、家には仕来りがあったから。
　前時代的といえば、珍しくもない話。
　神社での対応が悪いことはなかった、むしろ良かった。
　けれどそれとは別に、千歳は確かな寂しさを感じていたのだ。
　今、それを思い出すからこんなにも心細いのだろうか。
　けれどあの頃に比べれば今の自分は……もしかしたら。
　幸せなのかもしれない、そう至る前に、心細さが前に出る。
　寂しい、寂しい。
　――誰か、と千歳が願った時。
　何処かと何処かが繋がった。

（あれは……御剣君？）
　千歳が見つけたのは紛れもない刀の姿だった。
（彼がいるなら、やっぱりここは寝子島なのよ）
　そう思えば寂しさが紛れた。
　ここは寂しさの場所なんかではない、と。
　見失わなうちにと駆け出す。
「よう橘、誰かを捜しているのか？」
「か、帰り道よ」
「そうか」
　迷ったなんてのは、恥ずかしいから絶対に言わない。
　それはきっと彼女の性格だろう。
（私は彼に話すことがあって、それを考えていたのよ。だから、ちょうどよかったのよ）
　誤魔化しに沈めて、千歳は刀から視線を逸らす。
「俺はこの世界の真相を突きとめようとしているんだ」
「なら、私も一緒に行くわ」
　少なくとも彼と一緒にいれば、場所はわかる。
　何より一人じゃない。
「……えっ、一緒に来るのか？」
　尋ねるも、それ以上の理由は聞かない。
　ただひとつ。
「なら、ほら……はぐれると拙いから」
　手を差し出した。
「べ、別に手をつないでくれとまでは言ってないけど……」
　言葉の終わりを小さくしながらも千歳はその手を取った。
　安心して、緊張していた力は抜けていく。
　それは刀にも伝わって。
（……うん、手を繋いで良かった）
　そう思うのは心の中だけで。
　千歳もまた、伝わる暖かさにほっとした気持ちを覚えていた。
　刀自身は千歳から見て危なっかしい人。けれどこの手は、少し違う。

　繋がれた手は、二人の場所を切り離すことはない。
　微かに聞こえた鈴と童唄を、今は二人で辿ろう。

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