あなたの《誰か》を教えてください！｜リアクション

あなたの《誰か》を教えてください！

　これは、『もしも』の世界の物語。
　この世界に生きる青年・明智珠樹は、アケーチ・タッマーキの名を聞いても、
　――随分と変わった名前だな。どこの国の人だろう？
　という具合で、恐らくは、首を傾げることだろう。

「ハロウィンかぁ……何だかわくわくするね、珠樹くん」
　栗色の髪を揺らして、珠樹の恋人・柳瀬千亜は声を弾ませた。
　常は所謂ツンデレな面が目立つ千亜だが、今は、無邪気に笑顔を輝かせている。
　千亜は、珠樹とは同い年の幼馴染で、２７歳だ。
　小柄さも相まってか、元より大学生くらいに見える千亜。
　そんな彼女を、今日はその屈託のなさが、より一層幼く見せている。
（何だか、子供の頃を思い出すな）
　なんて胸に思って、珠樹は、両の眼に愛しい人の姿を捉えたまま、口元をそっと緩めた。
「ちょっと。珠樹くん、聞いてる？」
「千亜の可愛い声を聞き逃したりはしないよ。僕も、千亜と同じで、わくわくしてる」
　甘やかな台詞に唇を尖らせながらも頬は仄かに桜色に染めて、
「なら、いいけど」
　と、千亜は、ぽそり、小さな声で零した。
　照れる様子もまた愛らしい、と思いながら、珠樹は、用意していた衣装を取り出しにかかる。
　友人宅でのハロウィン仮装パーティーに参加することになった、珠樹と千亜。
　今日は、同棲する自宅マンションでの衣装合わせだ。
　ちなみに、珠樹の方は、既にドラキュラに変身済み。
　どこか妖艶な雰囲気を纏った吸血鬼は、優雅な所作で、未来の妻の為の衣装を広げていく。
「それにしても、ごめんね、珠樹くん。衣装、お任せしちゃって」
「全然構わないよ。愛しい千亜を、僕の好みに着飾れるわけだし」
「……珠樹くん」
「ん、失言だな。千亜はいつでも僕好みだ。どんな格好をしてても、どんな表情をしててもね」
「失言って、そこじゃなくって！　珠樹くんの、そういうところが……」
「……うん、怒った顔も可愛い」
「っ……！」
　真っ赤になってしまった千亜を目に少し笑んで、珠樹は、
「ほら、これ」
　と、彼女の前に、ハロウィンパーティー用の衣装を掲げてみせた。
　途端――千亜の顔から甘い照れが消え、「え？」と、唇を音が揺らす。
　それもそのはず、珠樹が手にしている衣装は、見間違いようもなく、完全にバニーガール服だ。
「千亜、この衣装絶対似合うと思って……！」
　髪と同じ栗色の瞳を瞠っていた千亜が、熱のこもった珠樹の声に、ハッと我に返る。
　その頬が、今度は恐らく純粋な羞恥に、鮮やかに染まった。
「ちょっと待って珠樹くん、こういうの趣味なの？」
「……千亜。頼むから、一生のお願いだから……この服着てくれないかな？」
「一生のお願いをここで！？　いや、こんな恥ずかしいの無理だって！」
「絶ッッ対似合う、似合うから！　僕の感性がそう訴えてるんだ！」
　美術教師として寝子高に勤める珠樹の、研ぎ澄まされた美的感覚（？）がそう囁く。
　いや、囁くというかもう、全力でシャウトしている。
　衣装を物色していた折、「これしかない！」と珠樹は思ったのだ。
　対する千亜は、暫しの逡巡のあと、
「……と、特別だからね。今回だけだから」
　なんて言って、渋々ながらも、バニーガールへと変身してくれた。
　ピンクのウィッグ（勿論、珠樹が選んだ）も装備したなら、
「……生きてて……よかった……！」
　と、口元を押さえた珠樹は、その頬に透き通った涙を伝わせる。