あなたの《誰か》を教えてください！｜リアクション

あなたの《誰か》を教えてください！

　不可思議な光景を前に、恵御納理沙は、青の双眸を瞬かせた。
「これは……夢、かしら～？」
　青い空に、白い雲。それはいい。
　けれど、ふかっとした踏み心地の足元も、どうやら、もふもふの雲でできているみたいなのだ。
「それに、色んな物が浮いてるのが見えるわね～」
　ぬいぐるみ、絵本、カラフルなクレヨン達に、積み木の三角、四角……。
　一つ一つを目で確かめるそのうちに、
「……あら？」
　と、理沙は気付いた。
「向こうでふわふわ浮いているのは……もしかして……」
　小さな人影へと、半ばは我を忘れて駆け寄る。
　青空にお絵描きをして遊んでいるのは、３歳くらいに見える男の子。
　生まれてくる前に不慮の事態で亡くした息子、恵御納冬夜（えみなとうや）だった。
「冬夜、冬夜なの～？」
　声をかければ、冬夜は空のキャンバスから視線を理沙へと移して、

「！　おかーさん！」
　と、無邪気に瞳を煌めかせた。
　その姿に、込み上げてくるものを感じながらも、周囲を見回す理沙。
　他の家族の姿は、ここにはない。
　そのことを確かめて、理沙は冬夜に、
「……お母さんと二人で、遊ぶ？」
　と、優しく声を投げた。
　途端、冬夜の表情が、益々明るくなる。
　冬夜は、ふわりと飛んで、理沙の胸へととび込んできた。あたたかい。
「とーや、おかーさんとあそぶー！　きかんしゃのるー！」
　我が子の頭を撫でてやりながら、理沙は「ええっと」と考える。
（色々浮いてる中に、おもちゃの機関車はないのかしら～？）
　ぽっぽー！　と、可愛らしい汽笛の音が辺りに響いたのは、その時だ。
　ぱっと、音の方へと顔を向ける。
　宙を走って近づいてくるのは、大人でも乗り込めるほどの大きさのおもちゃの機関車だ。
　機関車は、滑るようにして、理沙達の前に停まった。
「あらあら、すごいわ～。冬夜、一緒に乗ってみましょうか？」
「うん！　しゅっぱつ、しんこー！」
　かくして、２人はおもちゃの機関車に乗り込んで、賑やかな旅に出る。
「おかーさん！　このえきで、ごはん、たべようよ」
　早く早くと腕を引かれて降り立ったのは、巨大な積み木で出来た街。
　一緒に探索して見つけた店で、２人は美味しいご飯を食べた。
　他にも、お絵描きの街ではいっぱい絵を描いたし、おもちゃでも沢山遊んで――、
「あら～。この街は……猫ちゃんの街、かしら～？」
　何度目かの途中下車で出会ったのは、愛らしい猫達の楽園だった。
　可愛いわね～、なんてのほほんと思っているうちに、
「ねこちゃん、あそぼー！」
　と、冬夜が、猫達の方へと駆け寄っていってしまう。
　はしゃぐ息子の姿は愛おしく、理沙の目元を大いに和らがせるものだったが、
「あっ、ねこちゃん！」
　構いすぎてしまったのか、猫は、するりと冬夜の元から逃げ出してしまった。
　しょんぼりとする冬夜の隣へとしゃがみ込んで、理沙は、柔らかな声で言う。
「冬夜も猫ちゃん大好きなのね～……私達も皆大好きよ～！」
「でも、ねこちゃん、どこかへいっちゃった……」
「猫ちゃんはね、気紛れなの。なでていい？　って聞いてから、そっと撫でましょうね？」
「……うん、わかった」
　こく、と頷く冬夜。
　その足元に、小さな黒白猫が、そろりと寄ってきた。
「ねこちゃん、なでていい？」
　冬夜がそうっと尋ねれば、猫は、冬夜の足に、ふんわりと身を擦り寄せて。
　ぱああと表情を輝かせて、冬夜は猫をなでなでする。
　白い光が辺りを満たしていくのに理沙が気付いたのは、その様子に微笑んだ時だった。
（夢はそろそろ終わるのね……）
　冬夜、と、呼ぶ。
　猫を撫でる手を止めて、冬夜は顔を上げ、理沙の顔を見つめた。
「またね、冬夜……また一緒に遊びましょうね～！」
　冬夜の顔に、きらきらと光るような笑みが乗る。
　笑みに笑みを返して――そこで、理沙の意識は、白い光の中に飲み込まれた。