あなたの《誰か》を教えてください！｜リアクション

あなたの《誰か》を教えてください！

　窓の外は夜。場所は、環的子の自室でのことだ。
『……マトコ』
　と、カプセルギアのネオムに呼ばれた時の、的子の瞳の輝きといったら。
「ネオム！　ネオムが喋ってる！」
　ネオムの小さな身体を両の手のひらにそっと乗せて、「嬉しいな」と的子は笑う。
　その笑顔を脳裏に焼き付けながら、ネオムは、
（何かの異変か、夢か）
　と、この状況の不可思議を思った。
（だが……夢だとしても、目の前のマトコは本物だと判る）
　だから。
『――あなたが私の都合の良い想像じゃなくて安堵したよ』
　そう音を紡げば、的子の表情が、ほんの僅かだけ曇った。
　それはそのまま、的子が、目の前のネオムに望むこと、そのままだったから。
（……もしこの時間が私の夢なら、ネオムの夢と一緒に繋がってたらいいよね）
　ベッドに腰掛けた的子の膝の上に降ろされて、ネオムは、そんな彼女の顔を見上げる。
「マトコ。少し……寂しい笑い方をするんだね」
「そうかな？　ネオムとお話できるの、私、楽しいよ？　……そうだ、あのね……」
　そうして始まり、続くお喋り。
　思いつくまま、的子は囀るように様々の話をして、
『そう。そんなことがあったのか』
　なんて、ネオムは顔を上げて的子の話を聞き、頷き、相槌を入れた。
　けれど――そんな時間が長く続くほど、ネオムの胸を、鋭い痛みが刺す。
（話せても、動けても……体は、小さな玩具のまま……）
　そして、気付けばネオムは、
『……この姿では、あなたと何もできないね』
　ぽつり、自嘲気味に呟いていた。
「……ネオム！」
　的子の声が、不意に跳ねる。
　その手が、ネオムの小さな身体を、有無を言わさず、自身のもう片方の手のひらの上へと運んだ。
　そうして、ネオムの腕を、己の指に沿わせる。
　ネオムを手のひらの舞台へと導いた方の手、その親指と人差し指が、ネオムの片手を優しく摘まんだ。
『……マトコ？』
　応じずに、立ち上がった的子は、三拍子の音楽を、鼻歌で口ずさみ始める。
　そして的子は、ゆらゆら、くるくると踊った。
　手のひらの上のネオムのことも、そのダンスに誘うようにして。
　突然のことだ。
　驚いて、ネオムが的子を見上げれば、こちらを真っ直ぐ見下ろす的子の顔には、柔らかな微笑み。
「ほらね。こうして踊れるよ。私とあなたは確かに違うけど、だからって何もできない訳じゃない」
　ステップは出鱈目なんだけど……、と付け足して、的子は「んへへ……」と照れたように笑った。その胸に、
（少しでも心が軽くなってくれるといいなぁ）
　なんて、あたたかな想いを抱いて。
　一方のネオムは、胸の内部が広がると同時に、強く締め付けられるような感覚に襲われていた。
『ああ……』
　としか声が出なかったが、ネオムは、ゆるゆると、的子の瞳の淡い水色を見遣る。

『マトコ。私が、何度かあった《人との狭間の様な姿》になれたらもう一度踊ろう』

「ネオム……」
『次は、私が必ずあなたを、お前、を……ギッ』
　声に、軋むような音が混じった。
　自身の挙動が鈍ってきたのを、ネオムは、痛いほどに理解する。
（終わりが近いか……）
　ネオムの限界を察して、だからこそ的子も敢えて、華やぐような明るい笑みをかんばせに乗せた。
「じゃあ、今度ゆっくり会えたら！　楽しみにしてるね」
『マトコ……話せずとも、動けずとも、私が消えている訳ではない。返事がなくとも私は在る、から……』
「うん。大丈夫、分かってる。いつもありがとう、ネオム」
　その言葉に、返事はなかった。
　夢の世界の夜が、緩やかに明けていく。けれど。
（夜が消えても、夢が消えても。約束も、ネオムの言葉も、消えるわけじゃないから）
　だから、現実の世界で、いつものようにまた会おう。

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