あなたの《誰か》を教えてください！｜リアクション

あなたの《誰か》を教えてください！

　これは、サキリ・デイジーカッターが、裏社会で喧嘩に明け暮れていた頃の話。

「っはは、随分、数を揃えてきやがったな」
　そう言ったウィクサリオの声は、いっそ陽気な色を纏っている。
　目前では、彼が率いるチームと敵対する勢力の一団が、一様に瞳をぎらつかせていた。
　ウィクサリオの傍らに立ち、油断なく敵陣を見据えたまま、サキリは軽く肩を竦める。
「その余裕はどこから来るんだ？　数では、明らかに向こうの勝ちだよ」
「さて、小難しい計算は嫌いだな。肝要なのは、俺には信頼できる仲間がいるってことだ」
　それに、と、ウィクサリオは口の端を吊り上げた。

「俺には、サキリ、おまえがいる」

　行け、と、ウィクサリオの目がサキリに言う。
　ほんの僅かの躊躇いもなく、サキリは、親友の言葉なき指令に忠実に従った。
　風のように駆けて、ぐん、と、敵陣へと切り込む。
　最初に目についた、哀れな相手の腹に、拳の、重い一撃が入った。
　瞬間で、１人目が崩れ落ちる。
　周囲に生まれる動揺を、サキリの双眸は見逃さない。
「よそ見をしてる場合じゃないだろう？」
　ひゅ、と音を立てる鋭い蹴りが、敵を容赦なく薙ぎ倒す。
　赤の眼差しは、煌々と、獰猛な獣のそれのように光っていた。
「いいぞ、サキリ！　皆、サキリに続くぞ！」
　薄汚れたストリートに、ウィクサリオのよく通る声が響き渡る。
　戦いの開始を告げているはずの声は、既に、殆ど勝鬨に近かった。
「おら！　食らっとけ！」
　当のウィクサリオも、嬉々として戦いの輪に加わる。
　敵の１人を景気良く殴り飛ばした彼の背に、サキリは自身の背を預けた。
「調子に乗って怪我するなよ、我らがリーダー」
「わかってるっての！」
　ごく、短い会話。
　ウィクサリオの返事を合図にしたように、２人はまた、互いに敵へと向かっていく――。
　カリスマ型リーダーのウィクサリオと、武闘派の切り込み隊長であるサキリ。
　チームの主力たる２人の戦いぶりは、チームの士気を十二分に上げ、敵を震え上がらせた。
「ひ、ひぃっ……！」
「……耳触りの悪い悲鳴だな」
　サキリの冷ややかな眼差しを、相手は目に映すこと叶っただろうか。
　次の瞬間には、サキリの一撃が、相手の意識を刈り取っていた。
「サキリ、ここまでだ」
　ウィクサリオの声に、振り返る。
　気付けば辺りは血の海で、戦意ある敵は、もうひとりもいなかった。
「……やれやれ。もうお終いか」
「血塗れだぞ、サキリ。狂犬を飼ってるってのも、恐ろしいもんだな」
「おじさんに飼われるのも大変だよ。そろそろ３０歳になるんだっけ？」
「誰がおじさんだ。俺は１８だぞ」
　軽口の応酬は、本気ではないじゃれ合いだ。
　２人は、飼う・飼われるの関係ではなく、心底から信頼し合っている。
　尤も、サキリの戦いぶりが狂犬を思わせるのと、ウィクサリオが２０代後半程に老けて見えるのは事実だが。
　ったく……と拗ねたように口を尖らせているウィクサリオへと、
「このチームも、随分と敵が増えたね」
　と、サキリは声の調子を改めて言った。
「ん？　ああ、チームが大きくなった代償だな。仕方ねぇさ」
　うう、と、ウィクサリオの返事に呻き声が重なる。
　声を漏らしたのは、覚醒したらしい、敵チームのリーダーだった。
「お、目が覚めたか。どうだ？　おまえの世界は、俺達が塗り替えちまったわけだが」
　しゃがみ込み、相手へと気さくに声を投げるウィクサリオの背中を、サキリは見遣る。
　自分とは人種が違うことが一目でわかる、白い肌。
　均整の取れた、筋肉質な身体。
　かんばせは……ワイルド、という言葉が似合うだろうか。
　野性味を含んではいるが、振り返れば、彼が整った顔立ちをしているのをサキリはよく知っている。
　そういうことをぼんやりとなぞる余裕があるほど、これから起こることは明らかだった。
　今壊滅したばかりのこのチームも、じきに『仲間』になるだろう。
　ウィクサリオには、それを可能にする、カリスマ性があった。
　チームは、どんどん、どんどん、大きくなっていく。
　その肥大化がもたらす結末を、サキリは、まだ知らない。
「おい、サキリ！」
　ウィクサリオが、人を自然と惹き付ける笑顔をこちらに向けて、サキリを呼んだ。
「こいつらも、俺達の仲間になるってよ！」
「……予想通りの結果だな」
「うん？　何か言ったか？」
「別に？　……ねえ、ウィクサリオ」
　赤の眼差しが、ウィクサリオを、真っ直ぐに捉える。
「次は、誰を倒せばいい？　誰だって僕がぶちのめしてやる」
　サキリの言葉に、ウィクサリオは、瞳を瞬かせたあとで破顔した。

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